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act.4哀婉ドール<74>

「葵、よく来たな」 普段制服をきっちりと着こなしているからどうしても堅く見えがちだが、私服の今日はいつもと雰囲気が違う。ケーブル編みの薄手の春ニットに細身のボトムは決してカジュアル過ぎるものではないが、忍の堅い空気を和らげるには十分に効果的だった。 「突然、ごめんなさい」 「どうして謝る?気軽に遊びに来て構わない」 櫻と連れ立って忍の元へと歩み寄った葵は開口一番に謝罪を口にしたのだが、すぐに跳ね除けられてしまった。そしてすぐに忍の腕の中へと招き入れられる。 「連休中、お前にこうして会えるなんて思わなかったから。本当に嬉しいよ」 言葉通り、葵を見つめる忍の視線は温かなものだった。葵の髪を梳く仕草も慈しみを感じさせる。 「ね、だから言ったでしょ。葵ちゃんに会いたがってるって」 葵が疑ったことを気にしていたのだろう。櫻が葵を責めるように横から額を突いてきた。だからもう一度、今度は櫻に対して謝罪を口にすれば、二人からは”謝りすぎ”だと叱られてしまった。 忍が通してくれたのは来客用の応接間ではなく、家族で普段使用しているというリビングスペースだった。その違いだけで、親密な仲だと言われているようで胸がくすぐったくなる。 だが、通された部屋は葵の知っているリビングとはかけ離れた大きさをしていた。この空間だけで西名家がまるごと入ってしまうのではないか、そう思えるほど。 「どうした、落ち着きがない」 忍にそう指摘されても、だだっ広い空間と見るからに高そうな調度品に囲まれてしまえばそわそわしてしまうのも無理がなかった。 「全く、仕方がないな。おいで、葵」 「え、あ……」 葵が周囲を見渡しては目を丸くし続ける様子が見るに耐えなかったのだろう。隣に座った忍が痺れを切らしたように葵の腰に手を回して、ぐっと自分の体へと引き寄せてきた。 「せっかく会えたんだ。お前が見るのは俺だろう?」 「うわ、傲慢。葵ちゃんに飢えすぎ」 櫻が向かいの席から非難の声を浴びせてくるが、忍は全く気にする様子もなく葵をジッと見つめてくる。眼鏡のレンズの奥にある少しグレーがかった瞳を、葵も今度こそしっかりと覗き込んだ。 すると、それを合図に忍の顔が少しずつ近付いてくる。葵の勘違いではない。証拠に離れていたはずの鼻先同士がスッと触れ合った。この感触に覚えがある。きっとこのまま距離が無くなって……。

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