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act.4哀婉ドール<75>
「あら、その子が忍の恋人?」
葵が口付けを覚悟した時、不意に遠くから艶のある声が響いた。高さはあるものの、どこか誰かに似ている声音だ。
葵が思わず声の方向を振り返れば、黒いサテンのワンピースを身に纏った長身の女性がこちらに視線を投げかけていた。
ワンピースのデザイン自体はスタンドカラーで袖も長く、膝までしっかりと覆い隠すミモレ丈。だが、禁欲的なデザインとは裏腹に、光沢のある生地は体の線にぴったりと沿って妖しい曲線を描いていた。
ノーブルな見た目と相反する色気を醸し出す人物に、葵は何故か既視感を覚えた。
「恵美さん、久しぶり」
「さくちゃんも来てたの。久しぶりね」
櫻と親しげに挨拶を交わす彼女は葵の近くのソファに腰を下ろすと、しっかりと葵を見据えて微笑みかけてくる。でも櫻へとは違い、葵には無言のまま。
こちらから挨拶をした方がいいのかと葵が自分の名を告げようとすれば、先に葵を抱く忍が渋々と言った表情で声を発した。
「葵、こいつは姉の恵美だ。恵美、これがさっき話した後輩の葵」
どうやら忍が紹介してくれるのを待っていたらしい。恵美と呼ばれた彼女はそれを受けてようやく葵に向かって挨拶をしてくれる。
「葵ちゃんって言うのね。名前まで可愛いわ」
「よろしくお願いします。お邪魔、してます」
「ふふ、よろしく」
笑う目元が確かに忍とよく似ている。男女の差はあれど、彼女を見て懐かしさを感じたのは、忍のようだったからだと気が付いた。
「それで、忍とはもうどのぐらい?」
「どのぐらい……というと?」
「お付き合いよ。ここへ来たのは初めてでしょう?最近付き合いだしたのかしら」
「あ、えっと……十二月、ぐらいからです」
「結構長いのね」
葵は恵美に忍との付き合いを聞かれて素直に返答するが、何故か忍は苦い顔をしているし、櫻はティーカップを片手にくすくすと笑い始めている。何かおかしなことを言っているのかと不安に思うが、恵美からの問いかけはやまない。
「葵ちゃんはうちの弟のどんな所が好きなのかしら?ちゃんと夜は優しくしてもらっている?貴方随分と華奢だから、弟の相手をするのは大変でしょう?きちんと拒むことも覚えなくてはダメよ。それで無理強いするようなら、私が叱ってあげるから」
ゆっくりと、だが間をおくことなく告げられた質問にひとつひとつ答えなくてはと思うが、恵美の発言の意味が所々理解できなくて思わず助けを求めるように忍を見つめてしまう。
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