438 / 1592

act.4哀婉ドール<76>

「恵美、こいつにそういう話は通じないから、勘弁してやってくれ。そもそも恋人だなんて一言も紹介していないだろう」 恵美から庇うように忍は葵を抱き締めてくれた。 「だって、今まで見たこともないぐらい嬉しそうにエントランスで待ちわびているんだもの。ようやく恋人を連れてきたのかと思うじゃない」 「へぇ、忍そんなにうきうきしてたんだ」 恵美の言葉に櫻まで便乗して忍をからかい始めた。葵も、”待ちわびていた”ということが嬉しくて、自ら忍のシャツを掴む指に力を込めてしまう。 すると、いつもは余裕を崩さない彼は少しだけ照れたように視線を外してきた。そしてするりと葵の手に自分の手を重ねてくる。そのまま忍はソファから腰を上げ、絡めとった葵の手を引っ張った。 「葵、少し外に出ようか」 「でも、お姉さんが……」 「構わない。庭を見せてやる」 せっかく恵美がやってきたというのに。だからやんわりと止めてみせたのだが、忍はこの場には居たくないのか、庭に面したリビングの大きな窓へと足を向けてしまう。 心配になって葵は恵美と櫻を振り返ったが、忍を止めもせず見送るように手を振り返されてしまった。二人の表情が楽しげだから、気分を害してはいないだろう。安堵した葵はようやく忍に大人しく着いていくことに決めた。 脇で待機していたメイドが主人の行動の意図を察して、先回りして庭へと続く窓を開け放ってくれる。 「あの、良かったんですか?」 デッキを抜け、そのまま美しく茂る庭園の芝生へと進みだした忍の後を追いながら、葵はそう声を掛けた。残された二人が気にしていないとしても、少し庭を見る程度でなく奥に進もうとする忍に尋ねずにはいられなかったのだ。 「せっかく会えたというのに、邪魔をされたくないからな。もう少し、静かな場所に行こう」 葵の心配をよそに、忍の声は柄にもなく弾んでいるように思えた。 二人で庭園を進んでいると思い出されるのは歓迎会で過ごしたバラ園での出来事。あの時も忍はより静かな場所へと葵を連れ出し、そして素敵な景色を見せてくれた。 でもそれだけじゃない。強く抱き締められ、そして思い切り唇を奪われてしまった。いや、唇だけではない。シャツのボタンを外され、そして……。 「どうした、顔が赤い」 「……夕焼けの、せいです」 まさか忍にされたことを思い出して赤くなっているなんて打ち明けられるはずがない。咄嗟に空に浮かぶ太陽を指差して答えれば、忍は案外納得してくれたのか、それ以上追及せずにまた歩き始める。 けれど、やはり忍は葵の思考回路などお見通しらしい。しばらくして背を向けながらも、葵をまた赤くさせることを言ってくる。

ともだちにシェアしよう!