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act.4哀婉ドール<79>
「その点、あの子は随分と可愛いものね。でもあれだけ可愛らしい子を好きになるんだったら、忍、女の子も行けたりしないかしら?」
「無理でしょ」
櫻がばっさりと切り捨てれば恵美は少し残念そうに肩を落とした。
そういう彼女の恋愛対象は女性だ。そしてその情事を目撃して衝撃を受けた幼き日の忍は、完全に女性を恋愛対象として見られなくなっている。伝統ある北条家の長男としては致命的だ。
けれど、忍自身も、忍の両親でさえもそこを問題視していないのが救いである。恵美も責任を感じて悩む素振りこそ見せているが、内心忍が自由に恋愛することを願っているのは櫻も感じていた。
「僕の知る限り、多分忍がちゃんと好きになったのは葵ちゃんが初めてだよ」
「そうよね。忍も可愛い表情してたもの。初恋って素敵ね、ドキドキしちゃう」
「……あれで結構純情なんだから、あんまりからかわないであげてよ」
「意外とライバルに優しいのね、さくちゃんは」
「友達でもあるから、一応ね」
恵美が弟の恋事情にかなりの興味を示しだしたことを察して、櫻は牽制をしてやった。
忍が姉には少し弱いことは知っているし、葵の愛し方を模索している忍が未だに名前を呼んでもらえない事を悩んでいることも聞いていた。譲る気はないが、からかわれるのは止めてやりたい。
櫻はそこで一区切りを付け、携帯だけを手にソファから腰を上げた。
「あら、どこ行くの?」
「ちょっと電話」
席を立てばすぐに恵美が声を掛けてくるが、冬耶はきっと櫻から電話が掛かってくるのをずっと待っているだろう。それを思い出して、恵美との会話を中断することを選んだのだ。
櫻はもう何度も北条家に足を運んでいる。電話に最適な場所も案内されずとも知っていた。
客人用の応接間は会話が外に漏れないよう、しっかりと防音設備が施されている。エントランスに近いその部屋に入れば、やはりそこは無人で静まり返っていた。
怒られると分かっていて電話をするのはさすがの櫻でも気は進まないが、無視をしても良いことはない。櫻はソファセットの一つに座ると、冬耶の番号を呼び出した。
『月島?』
「お待たせしました」
架電するなりすぐに繋がったのだから、冬耶は本当に櫻を待ち構えていたのだろう。嫌味にも聞こえるだろうが、櫻はすぐにそう言葉を返した。
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