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act.4哀婉ドール<80>
『あーちゃんは?』
「忍と散歩中です。気持ちも多少落ち着いていると思います」
『そう、良かった。じゃあ今日何があったか聞かせてもらってもいい?』
櫻の予想に反し冬耶の声にはあからさまな怒気は感じられない。
それどころか随分と穏やかに櫻の話を聞き始めてくれた。櫻はその後押しを受けて、寮で葵の部屋を訪ねた所から一つひとつ、今日あったことを冬耶に説明する。もちろん、メールには記載しなかった、葵の格好についても打ち明けた。
あえて話さなかったことと言えば、試着室で葵にキスを仕掛け、更に押し倒して性的な悪戯をしたこと。
卒業する時に唇には絶対にキスするなと嫌というほど言い聞かせてきた冬耶にそこまで話せば、怒られるどころではなく、彼が発狂するような気がしたから、彼のためにも伏せておいたのだ。恐らく京介や都古も、冬耶にはバレないように手を出しているはずだし、このぐらいの秘密は仕方ない。
「……で、西名さんに連絡したんです」
カフェでの一件まで一通り話し終えた櫻は、一旦冬耶の様子を伺うように口を噤んだ。けれどいつまで待っても冬耶は何も喋りださない。
だから櫻は冬耶の言葉を待たず、自分の気持ちを伝えてみせた。
「葵ちゃんの傷にむやみに触れてしまったことは謝ります。僕自身ももう二度と同じことは繰り返したくない。だから……教えてもらえないですか?葵ちゃんに何があったのか」
櫻がそこまで言えば、ようやく受話器越しに溜息が漏れ聞こえてきた。
『そうだよな。本当はあーちゃんの心の準備が出来るまで待つつもりだったけど、そうも言ってられない状況になってきたし』
それは櫻に向けての言葉ではなく、冬耶は自分自身に言い聞かせるようだった。けれど櫻が反応する前に、すぐに迷いを感じさせる声音を変え、いつも通りの余裕ある先輩へと立ち戻った。
『なぁ月島、そのカフェであーちゃんに接触した男のナンバー、分かるんだよな?』
「ええ、一応控えてますけど」
『それ、教えて。で、月島は一旦この事は忘れろ。探ろうとするなよ?データベースに強引にアクセスすればそれは俺だけで留まるけど、これはそうも行かない』
どうやら歓迎会の日に、忍と二人、葵の情報を見ようと学園のサーバーにアクセスしたことは見透かされていたらしい。だが、それを驚きはしなかった。あれだけ手の込んだ細工をした人間だ。アクセスすればその通知が手元に来る仕組みぐらい作るのは簡単なのだろう。
けれど、あのカフェで出会った男に何か心当たりがあるらしい素振りの冬耶の命令を大人しく聞こうとは思えない。
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