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act.4哀婉ドール<81>
「深入りするな、ってことですか?それは相手が僕だから?信用に値しませんか?」
『そうじゃない。もちろん月島が言ってくれたことは真剣に考える。でもあと少しだけ時間が欲しい。今、俺も正直困惑してるんだ。予想外のことばかりが起きているから』
いつでも朗らかで、この世の闇など全て吸い込んでしまいそうな冬耶が、また少しだけ、落ちたトーンの声を出した。珍しい。というよりも、櫻がそれを耳にするのは初めてだ。
葵の取り乱した様子から、父親に人形のように扱われていたこと、それが家庭環境の不和の要因になったことぐらい櫻は予測を付けられていたが、想像以上に複雑で根深い問題なのかもしれない。元より、葵のあの異常な怯え方と自傷の癖を見れば、それすら想像に難くない。
『それに、月島だけにこうして電話越しに話すのは違うだろ?あーちゃんを守るのに、君たち皆の協力が必要だとは思ってるから』
”君たち皆”とあえて多数を示唆する言葉が選ばれたのは、櫻だけでなく、葵を取り巻く他の面々のことも冬耶が配慮していることに他ならなかった。
『あと、これはうちの問題でもあるからさ。頑固な弟の了解も得ないとね。色々俺も大変なのよ』
少しおどけたような口調の裏に、彼の苦労が垣間見えた。確かに、冬耶が口にしたもう一人の弟、京介は葵をひたすら守るため番犬のように付き添っている印象がある。葵の抱えるものが何か、櫻を始めとする周囲に打ち明けることを彼はあまり良く思わない気がした。
『とりあえず、あーちゃんがどこに居るのか分からない、って状態は今後絶対に回避したいから。今日みたいに事後報告で連れ出すのは控えてくれよ。それだけは約束して』
「……分かりました」
過保護と、そう普段の櫻なら言い返しただろうが、冬耶が単純なヤキモチで言っているわけじゃないのは十分に理解出来るから素直に了承してみせた。事後報告でなければ連れ出して構わない、そうも受け取れる言い回しのおかげもあるだろう。
それから冬耶とは二、三言葉を交わし、そして会話を終了させた。怒られる覚悟をしてきたのだから、案外あっさりと終えられたことに拍子抜けさせられてしまう。
だが、胸にもやのようなものが掛かっているのは否めない。結局葵が何を抱えているのか知ることは出来なかった。葵が何に怯えているのかが分からなければ不用意にまた葵を傷付けてしまうかもしれない。それが嫌だったからプライドを捻じ曲げて冬耶に頼んだというのに。
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