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act.4哀婉ドール<82>

櫻がすっきりしない面持ちで部屋に戻れば、まだそこには恵美が一人、紅茶を嗜んでいた。葵の姿はないから、まだ忍は逢瀬を楽しんでいるのだろう。 「恵美さん、それ何?」 ソファに近づくと、テーブルの上に先程とは違い、プラスチックの四角いケースが置かれているのに気が付いた。恵美以外に持ち込む人間が居ないのだから、櫻は尋ねながらそれに手を伸ばした。 「さっき葵ちゃんを見て、どこかで見たことがあるって思ったの。……これ、あの子よね」 CDケースらしきそれを裏返せば、ジャケット写真が表れた。恵美の言う通り、そこに居たのは間違いなく幼き日の葵。 大振りの白いダリアの花に囲まれた葵は、今日櫻が身に着けさせていたような白いワンピースを着ていた。繊細なレースで出来たそれは可憐な葵によく似合っている。 葵は完全に色の抜けたプラチナが混ざっていたり、反対に瞳の色と同じ蜂蜜色が混ざっていたりと、複雑な髪色をしているが、この写真で見る葵はよりプラチナに近いブロンドだった。ただでさえ小さな体はその色のせいでより儚げに見える。 「今は廃盤になっているけど、このジャケットのおかげでヒーリングミュージックとしては異例の売上だったらしいの。虹の色に掛けて七色の花と衣装を身に纏ったこの子が可愛いって話題になっていたことは私も覚えているわ」 初めて見る顔をした櫻のために、恵美が補足としてそう説明を加えてくれる。 「最後のこの白の一枚を足してシリーズは八作品として完結しているのだけど、続編を期待する声も多かったそうよ」 私もその一人、と恵美は櫻の動揺を知らずに微笑んでみせた。どうやら少女だと恵美は思っていたらしい。可愛い子に目がない彼女は、実際男の子だったと知って少し残念だと唇を尖らせてもきた。 「これ葵ちゃんには言わないで。多分、思い出したくないことだと思うから」 「あら、そうなの?」 葵に幼い日の記憶を蘇らせて泣かせたばかりだ。前科者としては、同じ事が繰り返されないよう助言をする義務がある。 そして櫻はもう一つ恵美に頼み事をした。 「それから……しばらく借りてもいい?」 「それは構わないけれど、全て持っていく?」 「ううん、これだけでいい」 八枚あると聞いたばかりだが、櫻の目的を叶えるには一枚だけで十分。 CDのジャケット内、クレジット表記に月島家のスポンサーとして覚えのある、目黒という人物の名が記されていたのだ。

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