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act.4哀婉ドール<84>
* * * * * *
オフィス街の中心にある一際大きなビルにはスーツを着こなした大人ばかりが出入りしている。場違いな雰囲気に飲み込まれながら自動扉をくぐり抜ければ、エントランスにある黒革のソファの一つに目的の人物を見つけ、少しだけ緊張が解れた。
「親父」
呼びかければ、ぼんやりと宙を見つめていた彼、陽平は驚いた顔をして振り返った。
「京介、なんで来たんだ」
「連絡しても出ねぇから。消されたのかと思ったじゃねぇか」
少し咎めるような物言いをされて京介は思わず憮然と言い返してしまった。葵の祖父に面会をするという父が心配で、そして何より葵の処遇が不安で仕方なくて、こうして来てしまったのだと素直に打ち明けられない。
「あぁ、本当だ。悪い、考え事してて気が付かなかった」
京介の言葉を素直に受け取った陽平はジャケットのポケットから取り出した携帯のディスプレイに表示された紗耶香と京介からの着信とメールの通知に気まずそうに謝罪を口にした。
「で、まだ会えないわけ?」
「会議中らしい。本当だか疑わしいけどな。まぁ気長に待つさ」
紗耶香からは陽平が朝一番にここへ出向いたと聞いている。もう日が落ちかけた時間だというのに、随分と失礼な話である。
きっと一つのことしか考えられない真面目で熱い父のことだ。飲まず食わずでこの場に居たのだろう。京介が用意していた缶コーヒーを差し出せば、少し疲れた顔に笑みを浮かべて陽平はそれを受け取った。
「藤沢さん、ぬいぐるみ送りつけて来たのか」
「そ、葵にな。なぁ、捨てていいだろ」
メールを読んで事態を把握した陽平に、京介はあのぬいぐるみの処分を申し出た。父親の確認を取れと紗耶香に言われたことを一応は守ろうと思ったのだ。
けれど、陽平は京介の問いに答えるより先に冬耶から来たメールを続けて読み始め、苦い顔をした。
「葵は何言われたんだ?」
「さぁ知らねぇ。けどあいつが帰りたがらないなんてよっぽどだ」
京介も冬耶から知らせを受けた時、同じように苦い気持ちになった。
外に出るのを怖がっていた葵。登校してもすぐに家に帰りたいと泣きじゃくっていたのはそう昔の話ではない。そんな葵が家に帰りたがらないなんて、よほどの事を吹き込まれたのだろう。
誰が葵に接触し、何を言ったかは知らないが、犯人にも腹が立つし、惑わされる葵にも腹が立つ。
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