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act.4哀婉ドール<86>

「お前は俺の子供だよ。いくつになっても」 「そういう話をしてんじゃ……」 「京介、いいか。俺はな、葵を守れるならどんな不利な条件を提示されようと、無様な真似させられようと、何だって飲むつもりで来てるんだ。そんな姿を息子に見せたい父親がどこに居る?」 反論しかけた京介の言葉を遮った陽平は、今までに見たことのないほどの静かな迫力で京介の肩を掴んできた。そこにあるのは怒りではない。ただ、葵の父親としての責任を果たそうとする悲痛な覚悟だけだ。 こうまで言われて、さすがに粘ることは出来なかった。 「ちゃんと帰るから待っててくれ。一緒に葵、迎えに行こうな」 京介に抵抗する気が失せたことを悟り、陽平はさっきまでとは打って変わって柔らかな口調でそう言った。 「無茶はすんなよ」 京介には”大人の話し合い”で何が行われるかまでは想像が付かない。だが、言葉通り何でもする気でいそうな陽平にはそんな言葉を掛けることしか浮かばない。 「コーヒー、ありがとな」 嬉しそうに缶を高く上げて微笑んだ陽平は京介が立ち上がるのを見届けると、またすぐに痛みを堪えるような表情に戻ってしまう。偉大な父親もこれから起こり得ることを恐れているのだろう。 京介は安堵するどころかより一層深まった不安を胸に、藤沢グループの本拠地であるビルを後にした。 けれど、このまま家に帰る気分にはならない。帰っても、何故か冬耶が学園から連れ帰ってきたという都古の相手をしなくてはならないからだ。葵が居ないことを不安がり、連れ去った相手が櫻だと言うことに苛立ちを隠しもしない都古をなだめるのは御免だ。今の京介にはそんな余裕はない。 しばらく連休で人通りの少ないオフィス街に立ちすくんでいた京介は、第三者の立場で藤沢家と西名家の関係を把握している人物を思い出した。 それは、葵を連れて行った病院で出会った医師、宮岡だった。 京介は正直な所藤沢家に関する知識は殆ど持ち合わせていない。葵はずっと西名家で暮らしていけるものだとつい最近まで信じ込んでいたし、もう居なくなった存在など気にも留めていなかった。そんな京介よりも、宮岡のほうが藤沢家に関する情報はより多く所持しているのは想像に難くない。 幸い、宮岡からもまた会いたいと連絡が来ていた。彼は京介に、というより葵に会いたがっていたが、それはまた別の機会に回せばいい。そもそも、葵を藤沢家に奪われるのを防げなければ、次など無い。 そう自分に言い聞かせた京介は早速あの日来たメールに記載されていた宮岡の携帯番号を呼び出した。

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