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act.4哀婉ドール<87>

『……はい、もしもし?』 数回のコール音の後聞こえたのは少し不審がる宮岡の声。京介の番号は宮岡には伝えていなかったのだから無理もない。 「西名っすけど」 『あぁ京介くんか、驚いた。どうしたの?何かありました?』 「今病院?ちょっと話せねぇかなって」 電話越しに理由を話すのは憚られて、京介は少し失礼な申し出とは思いつつ、単刀直入にこれから会いたいと伝えてみせた。だがやはり宮岡は気分を害すでもなく、軽く笑いながら京介の誘いを快諾してくれた。 今日は出勤をしていないという宮岡からは、病院から少し離れた繁華街を待ち合わせ場所に指定された。本当は静かな場所で話したいと思っていたのだが、急な誘いにも乗ってもらえるだけありがたい。 京介は早速目的地を目指して歩き出した。 無力な子供ではない。そう思っていたのに、自分一人では葵に何もしてやれることがない。 この状況を打破するにはどうしたらいいのだろう。胸に湧き上がる感情はもう何と名前の付くものなのかも分からない。それほどありとあらゆるものが入り乱れ、混ざり合っていた。 だが、思い悩んでいるのは京介だけではないようだ。 「……あの馬鹿猫」 紗耶香から来たメールには、都古が我慢出来ずに家を飛び出して行ったと書かれていた。都古が葵の居場所が分からぬまま走り出すのは、始業式の日も、歓迎会の夜も同じだ。ジッとしていられないのは性分なのだろうか。 葵だけでなく、アテもなく彷徨う都古まで迎えに行く羽目になるかもしれない。仕事を増やすなと思うが、猪突猛進な都古が羨ましくもある。 今西名家に怯えている葵ならば、冬耶や京介の手は拒んでも、都古の手は素直に取る予感がした。そしてそのまま幼い頃京介の背中に隠れていたように、都古の後ろに逃げてしまうことも有り得る。 もし葵と早く家族だけではない関係になれていたら。葵はきちんと京介に助けを求めてくれたのだろうか。心の底から信頼を寄せてくれていただろうか。 柄にも無く、”もし”が溢れてくる。悲観しても何も起こらないというのに。 ────馬鹿は、俺か。 電車の揺れに身を任せながら京介が窓の外を見やれば、いつのまにか茜色だった空が濃紺へと移り変わっていた。

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