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act.4哀婉ドール<89>

「無断外泊はまずいんじゃないのか?」 「……はい」 「俺のケジメとして連絡を入れるから。それで構わないな?」 強引な言い回しなのは自覚しているが、葵を黙って泊めることこそ不自然だ。忍がそうして提案すれば、今度は観念したようにこくんと小さな頷きが返ってきた。 冬耶には櫻がすでに一報入れていることは知っている。すなわち、忍が再度冬耶に連絡を入れるのは茶番でしかない。 早速電話を掛ければ、数コールも鳴らずに冬耶の声が聞こえた。挨拶を交わし、今一緒に勉強をしていること、このまま葵を家に泊めたいことを説明してやる。それを傍で聞いていた葵は、”帰りたくない”とごねたことを告げられなかったことに明らかに安堵しているようだった。 櫻から経緯を聞いているはずの冬耶は、この茶番の経緯を察して至って穏やかに会話に相槌を打ってくれた。もしこれが本当に忍の説明通りの状況であれば、彼はすぐにでも車を飛ばして葵を迎えに来ただろう。でもそれをしない。何か深い事情があることは明らかだった。 『あーちゃんに代わってくれる?傍に、いるんだろ?』 ひとしきり話し終えた後、冬耶からはそんな要望が告げられた。だから忍は携帯を葵に渡そうとしたのだが、当然のように首を振って断られてしまう。 『じゃあ北条、スピーカーにして』 葵の様子を電話越しでも勘付いたのだろう。冬耶はもう一度、忍に指示を与えてきた。冬耶の命令に従うのは癪だが葵のこととなれば別だ。ボタンを押して冬耶の声が葵にもきちんと伝わるように設定を変えてやる。 『あーちゃん、昨日伝えたばかりだろ?お兄ちゃんは何があってもあーちゃんの一番の味方だって。お兄ちゃんのことだけは信じなさいって。そう言ったよな?』 電話で相手の姿見えないというのに、柔らかに語りかけられる声につられて、葵は涙を零しながら頷いて答えていた。その姿が切ないほど痛々しい。今すぐにでも抱き締めてやりたくなるのを堪え、忍はただ空いている手で葵の頬を拭ってやる。 『明日迎えに行くから。おやすみ、あーちゃん』 そう最後に言い残して冬耶からあっさりと通話が切られてしまった。でもたったこれだけの言葉でも葵には効力があったらしい。葵は泣いてはいるけれど、先程までのどこか無理に作った笑顔よりもずっとマシに見えた。 「おいで、葵」 忍が手を広げてやれば、泣きじゃくったままの葵が胸に飛び込んでくる。その小柄な体躯を受け止めながら、忍も忍なりに葵を癒すための言葉を模索した。 「辛くなった時にはいつでも俺を頼ってくれて構わない。言い訳にしてもいい。代わりに盾にもなってやる」 それまでの生活を改めてまで学園のトップに立つ道を選んだ理由も同じだ。権力や名誉が欲しかったわけではない。ただ葵と共に過ごし、身近で支えてやりたかったから。

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