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act.4哀婉ドール<91>
「すぐに生徒会を辞めろと言われて、お前は言い返していたな。認められるまで頑張る、と」
ストレートに葵に不満をぶつけた上級生達に対し、葵は目に涙を溜めながらも必死にこらえ、そしてもう少し時間をくれと頭を下げていた。ただ弱いだけの存在だと思っていた葵の思わぬ反論に、上級生たちも、そして目撃してしまった忍も、随分と驚かされた。
けれど、葵に対する評価をすぐに変えた忍とは違い、当時の三年生達は少々タチが悪かった。認めてほしければ、なんてセンスのない口実で、複数で葵に手を出そうとし始めたのだ。
その時の事も合わせて思い出したのか、葵の顔が少しだけ青ざめる。
「嫌なことを思い出させたな。すまない」
「……いえ、すぐに会長さんが助けてくれた、から」
葵を抱き締める力を強めれば、葵からもぎゅっと腕が回ってくる。寄せられた体は温かい。
忍が夜遊びを始めたのはこうした人肌を求めてのものだったが、葵の温もりを知ってしまえばもう他のものは必要がなくなる。それが例え、お互い衣服を身に纏っての健全な包容だとしても、心の充足感は比較にならない。
「葵があの時、ただ泣いて西名さんに助けを求めるような性格だったら、きっと手助けはしなかった。それに、こうしてお前の傍で支えてやりたいとも思わなかったよ」
冷たいとは思うが、誰が誰に襲われようと自己責任だ。当時ただの他人であった忍に助ける義理はない。それでも小さな体で凛と立つ葵が汚されるのは見ていられなかった。
「俺を変えたのは葵、お前だ。こんなにも誰かを愛しいと思ったのも、葵が初めてだ」
「……あの」
少しだけ密着した体を離し、そして顔を近づければ察した葵が言葉を挟もうとする。だが、それを許さずに開きかけた唇を塞いでやった。
葵を襲った奴らを追い払った時も、忍はこうして思わず葵にキスを仕掛けた。まだまともに会話も交わしていない状態でのキスは下手をすれば忍が訴えられてもおかしくないはずだったが、唇を離した後の葵は驚きながらも、ふわりと笑って”ありがとう”と返してきたのだ。
お礼は当然助けたことに対してのものだったのだが、その笑顔に本格的に恋に堕ちてしまった。
そして今もまた、柔らかな唇を数度啄んで体を離せば、同じように葵が笑顔を向けてくる。
「ありがとう、ございます」
ほんのりと頬を染めて告げられた言葉は、あの時以上に甘く響く。
「もう一生分の恋をしている気がするよ」
何度も何度も深く恋に堕ちる。その感覚は不思議なほど心地が良い。これを教えてくれたのも葵だ。
葵もいつか同じように感じてくれたのなら。
そんな日を思い描きながら、忍はもう一度、弧を描く葵の唇にキスを落とした。
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