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act.4哀婉ドール<99>

「じゃあ、葵のこと付け回してる奴の正体も知ってんのか?知ってて放置してんのかよ」 宮岡の態度も腹が立つが、何よりも葵を傷付けている状態を見過ごしていることが許せなかった。犯人が分かっているのならどうして止めないのか。拳をテーブルに叩きつければ、所狭しと並べられた皿同士がぶつかり、派手な音が響いた。 「葵くんを?どういうこと?」 「今更とぼけんなよ」 「違う、それは本当に知らない。何があったか教えてください」 宮岡が初めて動揺をみせた。京介の怒気にアテられているわけではなく、本当に何も知らない様子に思える。 だから京介も少しだけ心を落ち着かせて、葵が接触されたと思われる日にちと場所、そしてその後の葵の様子を話して聞かせた。 「……それは藤沢の差し金ではないね、きっと」 「なんで言い切れるんだよ」 「藤沢の仕業なら私にも情報が来るはずだから。それが無いということは藤沢の管轄外だ」 宮岡が断言するということは、情報提供者はよほど馨に近い人間なのだろう。それは予測がつくが、納得は行かない。 「この件は調べておく。教えてくれてありがとう」 「別にアンタのためじゃない。つーか、何で葵のために動くんだ」 身の危険を冒してまで葵に入れ込む理由がわからない。以前病院では、児童心理の研究でたまたま藤沢家のことを知ったと話してきたが、この様子ではそんな簡単な経緯ではないのだろう。 「葵くんに幸せになってもらいたいから。それでは駄目かな?」 宮岡の返答は大雑把すぎる。葵の幸せをなぜ願うのか、それを説明してもらいたいのだ。 「ずっと前から私達は葵くんの幸せだけを考えている。今はまだそれしか伝えられないけれど、信じて欲しい。私達は敵じゃない」 “私達”、そう宮岡が告げる言葉にはどこか切ないニュアンスが込められているように感じられた。 「それから、藤沢馨は父親から行動を制限されている。すぐに葵くんを奪える状況にはない。だから安心して構わないよ」 「そんなこと、信じられるかよ」 「ちゃんとブレーキを掛けてくれているから。本当にそれすら危なくなったら君に連絡を入れるよ」 隠し事が多そうな宮岡の言葉を全面的に信頼することは出来ない。だが、穏やかに言い聞かされれば反抗する気は失せるから不思議だ。 「葵くんに危害を加えようとするその男の事も、何か情報が掴めたら共有する」 そう言い残し、宮岡は京介にも食事を取るよう進めてきたが、生憎目の前の中華料理に手を付ける気にはならなかった。 またお互いの情報を分け合う。その約束だけを交わして京介は先にその場を後にした。 駅へ向かう道すがら携帯を開けば、冬耶からのメールが入っていた。明日葵を迎えに行く、だから今夜はきちんと家に帰るように。それだけが記されている。 迎えに行った所で果たして葵は素直に戻ってきてくれるのだろうか。不安がくすぶるが、悩んでいても仕方がない。 すぐにでも葵を抱き締めてやりたい気持ちを抑えるよう、葵の好きな星空を見上げてみたが、ネオンのぎらつき高いビルに囲まれた街からは一等星のスピカすら見当たらない。それは今後の未来を示しているようだった。

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