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act.4哀婉ドール<101>
「櫻、弾きなさい」
見かねてやってきたのは当主の長男であり、櫻の父である男。櫻はこの世で二番目にこの男が嫌いだ。
「気分じゃない。貴方が代わりに弾いて差し上げたらどうですか?」
「……ッ」
「やめて」
櫻の挑発にまんまと乗って手を上げた男に縋って止めたのはその妻。戸籍上は彼女が櫻の母だ。
櫻をこの環境に閉じ込めたのは彼女の行動が発端ではあるが、根が穏やかで争い事を嫌う性質であることは知っている。そんな彼女のことはそれほど憎いとは思えなかった。そこまで追い込んだのは櫻の実母と、目の前で苛立った様子を隠しもしない短気な男。だから櫻が憎むべき相手は決まっている。
「櫻君、私からも頼むよ。もっと君の演奏が聴きたい」
睨み合いを続ければ、不意に部外者が割って入ってきた。頭髪には少し白髪が混じっているが、品の良いスーツも、身のこなしも若々しい。彼は忍の家で見つけたCDに名前が載っていた事業家の目黒だった。やはり彼は櫻が来ると聞きつけて飛んできたらしい。
なぜ櫻に執着するのか。気味が悪いとは思うが、今日は彼と会話をする目的があった。普段なら無視する男のリクエストも、一つぐらいは聞いてやらねばならないだろう。
「……なら、一曲だけ」
そうは言うものの、ピアノを弾くつもりはない。近くに立っていた親戚の青年が手にしていたヴァイオリンを無言で奪うと、その場ですぐに構えてみせる。
基本的に一つの楽器を集中して極める月島家の人間を更に引き離したくて、櫻はヴァイオリンの腕前も磨いていた。専門外の楽器を披露する機会は殆ど無いため、その場の誰もが櫻が恥をかくことを期待して見つめてくるのが分かる。
だが櫻がそんな馬鹿なことを選択する訳がない。
それなりに難易度が高いと言われる楽曲を、嘲笑うよう完璧に弾きこなしてやれば、先程より一層、空間が櫻の奏でる音に染めあげられていく。
「素晴らしいね」
弾き終えれば、今度は率先して目黒が拍手を送ってきた。しかもそれだけではない。興奮した彼は、もう一歩櫻に近づき、とんでもないことをリクエストしてきた。
「櫻君、君は嫌がるだろうがデビューしてみないかい?」
「嫌がると分かっていて言葉にするのは愚かだと思いますが」
既に対価をもらって演奏する仕事は受けてはいるが、ごく身近な場面でのこと。目黒が望むのはもっと広い意味で櫻を世に出そうとしているのだろう。
彼がそうしてプロモーションプランを組んでアーティストを売り出すことを生業の一つとしているのは知っているし、だからこそあのCDにも名前が載せられていたのだと予想しているが、彼の世話になる気はない。
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