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act.4哀婉ドール<102>

「君のお母さんと約束していたんだ。いつか共にコンサートを開きながら世界を旅したいと。君とそれが出来るなら……」 どうやらこの男は大分イカれているらしい。この場ではタブーとなっている櫻の実母の話まで出し、うっとりと夢を見始めだした。 櫻の実母は駆け出しのソプラノ歌手だったらしい。実力はそれほど突出していなかったようだが、その並外れた容姿で、こうして目黒や、月島家というパトロンを得ていた。その獲得の仕方は、存分に容姿を活かしたものだったのだということは彼の様子を見れば明らかだ。 「娼婦をお求めなら他を当たってください」 この男が櫻に向ける視線の熱量の意味をそう解釈して踵を返せば、今度は櫻の退出を止める者は誰も居なかった。 櫻は幼い頃から類稀な容姿から、男女問わずそうした類の誘いを受けてきた。周囲も当然それを知っている。だから櫻が誰の声にも耳を傾けないほど機嫌を損ねたことは察したらしい。 「……違う、そうじゃないんだ櫻君」 部屋を出れば唯一空気を読まない男がついて来る。このまま会話をせずに寮に戻りたい。そう思うが、この男しか知り得ない葵の情報も気になる。 だから櫻は彼を後につけさせたまま、人気のない資料室へと足を踏み入れた。 「櫻君、誤解だ。君のことをそんな風に扱うつもりはないんだ」 少し埃っぽい部屋の中まで彼は遠慮なく櫻を追ってやってきた。その表情は焦りが感じられる。 「別に貴方が僕をどう思おうが構わない。貴方に興味がないから」 彼の釈明さえも受け付けない姿勢を見せれば、絶望したように彼が溜息をついた。 「君はこの家に居るにはもったいない。私が全てサポートする。だから……」 「興味がない」 「……また今度改めて話をさせてほしい」 もう一度上書きするように言葉を重ねれば、目黒は肩を落としたが、諦めは悪いらしい。またの機会など作りたくはなかったが、出ていこうとする目黒を今度は櫻が引き止めた。 「これも貴方が資金援助した作品?」 譜面入れとして使っているアルミ素材のケースの中に忍ばせた例のCDを取り出して目黒に見せれば、彼は少し驚いたようにそれを受け取った。 彼にCDのことを尋ねる理由を色々と模索したのだが、結局どう取り繕っても櫻が唐突に興味を持つなど不自然でしかない。こうして単刀直入に尋ねることしか浮かばなかった。

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