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act.4哀婉ドール<104>
「アイちゃんには深入りしないことをオススメするよ」
「……なぜ?」
「この子に関わると不幸になる、皆そう言っていたからね。あまり迷信は信じないほうだけれど、実際この子の周りでは嫌な事件ばかりが起こっていた。さすがに信じざるをえないよ」
目黒は肩をすくめて櫻に忠告を与えてきた。彼の顔には悪気など微塵も感じられない。けれどそれはあまりにも葵に無礼な発言だ。葵の周りで例え良くないことが続いたとしても葵のせいであるわけがない。この幼い子供に一体何の罪があったというのだろう。
当時もそうして周りの大人達から葵本人に同じ言葉がぶつけられていたのかもしれない。それなら葵が人懐っこいように見えてどこか対人関係で一線を置きたがる性格なのも頷ける。
そして、入学式の日に見つけたというクローバーを幸運のお守りとして持ち歩いていた姿も、思い返して胸が締め付けられるほど愛しくなった。
「……櫻君?」
櫻は堪らなくなって、呼び止める目黒の脇を通り過ぎ、足早に資料室を飛び出した。
櫻自身、それなりに哀れな生まれなのは自覚していたが、それでも弱みを逆手にとって好き放題楽しむようになっている。月島家の金は湯水の如く使ってやるし、彼等を高いところから見下ろすことももはや趣味と言えるかもしれない。
でもそうして人を蔑み踏みにじるような生き方を葵は到底出来ないだろう。櫻も簡単にアドバイスはし辛い。
とはいえ、どうやって葵を慰めてやればいいのか、方法が分からなかった。
「……忍、大丈夫かな」
待ち構えていた櫻専用の運転手の導きで車に乗り込みながら、櫻は今葵と過ごしているはずの友人を思い浮かべる。
彼は性癖こそ特殊になってしまったが、それを家族中が認めているし、仲もいい。何不自由なく育ってきている。優しいとは思うが、人の痛みには少々鈍感な所があるのだ。
いつもの口調で葵と会話をしても、フォローする人間が周りに誰もいないことになる。忍以上に葵を苛めたがる自分が力になれるとも思えないが、それでもいないよりはマシだろうか。
そう思ったが、忍が葵と二人で過ごせることを心底喜んでいたのは気が付いていた。
「櫻様?どちらへ?」
遠慮がちに運転手に問われ、櫻は目的地の決断をした。
「寮に戻って」
櫻の言葉で車が滑らかに走り出す。すっかり濃紺になった夜空を窓越しに見上げながら、櫻は小さく溜息を零す。
“意外とライバルに優しいのね”
恵美の言葉が浮かんでくるが、これは優しさというのだろうか。
ただ葵が穏やかに夜を過ごすには、あれだけ泣かせた自分が居ないほうがマシだと、そう感じただけ。
櫻はそう自分自身に言い訳をして、学園に到着するしばしの間、ゆるりと瞼を閉じ、車の揺れに身を任せた。
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