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act.4哀婉ドール<116>

「そんな人達じゃない。一体何の根拠があって彼等を侮辱するんですか」 僅かな間ではあるが隣家で共に過ごしていた穂高は、葵同様、彼等の優しさには随分と救われた。だからこそあの日、葵を残すという道を選んだのだ。彼等ならきっと葵を守ってくれる、そう思った。 当然、葵を連れて二人で逃げることも思い浮かんだ。でも当時学生だった穂高が葵を連れ去った所で幸せにしてやれる方法など見当たらない。二人で生きていくことすら困難だ。 だから葵をひどく絶望させると分かっていて、その手を振り切った。 ”ほだか、いかないで” 泣きながら縋ってきた葵の姿を思い出さない日はない。 でも穂高の期待通り、西名家が彷徨う葵の手を取り抱き締めてくれた。深く傷つけたあまり葵の記憶から抹消されてしまったが、それでも彼等に愛されて健やかに育ち始めるのを遠くから見守れるだけで穂高は十分幸せだ。 「なに、秋吉さんも騙されてるの?これ、知らない?」 椿が呆れたように見せてきたのは小切手の控え。そこには馨の名が刻まれている。それが何かは穂高もよく知っている。馨が養育費として西名家に一方的に送りつけていたもの。それを手配するよう命じられたのは他でもない、穂高だ。 「……これをどこで?」 「馨のデスク。馨って案外マメだよね」 勝手に人のデスクを漁ったことを椿は悪びれもしない。マメに整理をしてやっているのも穂高の仕事なのだが、この際それはどうでもいい。 「それを西名さんが換金したかどうか、確かめましたか?」 「この額提示されて換えないわけない。俺ならすぐ欲しいよ」 どうやら椿はその先の成り行きまでは把握していなかったようだ。西名家はもちろんその金を受け取ってはいない。だからこそ、馨は次に送りつける時は更に上乗せした金額を記していた。 「もしかして、貴方はそれを葵お坊ちゃまに伝えたんですか?」 「そう、騙されてる葵が可哀想だから」 「貴方は、余計なことを……」 葵がそれを聞いてどれほど辛い想いをしたのか。簡単に想像がつく。 おかしな所で椿は馨に似てしまった。容姿もそうだが、自由奔放で自分を正義と信じ込んで疑わない。共に暮らしていたわけではないのに、血というのは不思議だ。 手を出すのは必死に押しとどめ、それでも怒りの滲む声音だけはコントロール出来ずに椿を睨みつける。

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