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act.4哀婉ドール<117>

「余計なこと?じゃあ秋吉さんがこそこそお友達と連絡を取り合っているのも、余計なこと、じゃない?」 「……ッ」 どうやら椿は油断ならない相手らしい。穂高が外部に協力を求めている相手がいることを突き止めているような口ぶりだ。 「大丈夫、馨には言わないであげる。だから俺の邪魔もしないでよ。葵を幸せにしたいだけなんだから。目的は同じ。そうだろ?」 椿はそう言って咥えていた煙草をコンクリートに落とし、艶のある革靴でジリと踏みにじる。 「お坊ちゃまを泣かせたら許さない」 「泣かせるつもりなんてないよ。でも勝手に泣くんだ。困るよね」 肩をすくめて椿は穂高の脇を通り過ぎ、そしてビルの中へと入ってしまった。あの調子だ。きっとこの後、怒り狂う馨と対面したところでのらりくらりと躱してみせるのだろう。 そしておそらく馨も、そうした椿の様子を結局は面白がってしまうから傍に置き続けているのだ。藤沢家は常軌を逸した人間ばかりで困る。 こんな時頼れる相手は一人しかいない。 『アキ?どうした』 電話をすればすぐに繋がった。声だけでも快活さが伝わってくる。 「お坊ちゃまの心を救って」 藤沢家に捕らわれている状態の穂高では葵のために動けることに限りがある。だからこそ、彼、宮岡に頼らざるを得ない。 『もちろん、そのつもりで医者になったんだ。一緒に助ける、そう約束しただろ?』 唐突な申し出にも宮岡は嫌な声一つ出さず、交わした約束を思い起こさせてくる。何故宮岡が自分の人生を懸けてまで穂高に力を貸してくれるのか。その理由を察してはいたけれど、一度も取り合ったことはない。 自分を卑怯だとは思う。けれど、穂高が生きる理由は葵しかない。そのためにはありとあらゆるものを利用する覚悟は出来ていた。 『だから願いが叶った時は、ちゃんと笑うんだよ、アキ』 宮岡の言葉は穂高を苦しませるほど温かい。葵と笑い合える未来を作ってやると宮岡はいつも穂高に誓ってくれる。叶わぬ願いだといつも拒絶していたけれど、彼は疑いもせず、そんな夢のような話を聞かせてくれるのだ。 「……笑える、かな」 『葵くんに教えてもらえばいい。あの子は可愛く笑えるようになってたよ』 その言葉だけで十分に胸が満たされる。もしそんな未来が訪れたら。 現実的な穂高にはあるまじき甘い幻想を抱きながら瞼を伏せると、”頑張ろう”、そう笑う宮岡の声が響いた。

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