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act.4哀婉ドール<122>

* * * * * * 疲れ切って眠る葵を眺めていれば、あっという間に強い日差しが窓から差し込んできた。本当ならもう少しとろとろと浅い眠りにつく葵を見つめていたい。だが、休日でもいつもと同じ時間に目覚めることが習慣になっている忍は、ベッドサイドに置いた時計で時刻を確認し、体を起こした。 時計の傍に置いた携帯のディスプレイに光を灯せば、そこには珍しく複数のメールの着信の知らせが表示されていた。 一つ目は冬耶から。葵を迎えに行く時間が示されていた。朝一番でやってくるかと思いきや、朝食を終えて一段落付ける時間帯である。好き放題突き進んでいるように見えて、彼はきちんと気遣いが出来る。そういう所が癪だ。 親友からも夜中に一言だけ、連絡が入っていた。 ”エッチした?” 忍が葵には無理強い出来ないと分かっていて聞いてくるのだから、やはり彼はどうしようもなく捻くれている。忍への嫌がらせもあるのだろうが、葵とどこまで関係を深めたのか気になって仕方がないことは分かっている。だから忍もただ一言、”痕を付け過ぎだ”、そう櫻が全身に刻んだキスマークへの苦情を返した。 もう一人の送り主は奈央だった。都古が忍の家を知りたがっていると、そう記されている。何故都古が、と思うが、大方西名家から話を聞いてすぐにでも忍の手から奪い返そうと奮闘したのだろう。奈央の元まで行き、忍の家を尋ねるぐらいはあの猫も頭が働くらしい。 だがメールには、都古が今にも忍に殴りかからんとばかりの勢いで来たから落ち着かせるためにも断ったと、そう続けられていた。 やはり奈央は穏やかではあるけれど、決して流されやすいわけでも意志が弱いわけでもない。忍のことを友人として信頼してくれているのだろう。だから忍も簡単な礼と、冬耶に葵を引き渡す予定を返信した。あの猫には奈央から伝えてもらえばいい。 葵がまだ眠っているのを確認して忍はベッドから降り、着替えを済ませた。休みの日でも朝からきちんとした衣服を身に纏うのは性格ゆえ、だ。 廊下を出てしばらく進めば、向かいからやってきたメイドが忍に会釈をして立ち止まった。 「忍様、おはようございます。こちらお客様のお召し物です」 どうやら彼女はちょうど忍の元へとやってくるつもりだったらしい。手にしたシャツとデニムは葵が昨日身に付けていたものだ。 「染みは?」 「ご安心下さい。きちんと落とせております」 それを受け取りながら忍は昨日胸元に残っていた紅い染みを探ったが、言葉通り何の痕跡も無くなっていた。葵も喜ぶだろう。 「ご苦労」 労えば彼女は一礼をして元来た道を戻っていった。だから忍も一旦部屋へと戻ることにした。本当は葵が寝ている隙に珈琲を一杯嗜もうと思っていたのだが、せっかく葵が来ているのだ。葵を着替えさせて共に階下へ降りよう。そう考え直した。

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