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act.4哀婉ドール<124>

恵美と共に朝食を取り、しばらく食後のお茶を楽しんでいれば冬耶からの連絡が入った。門の前まで車を乗り付けているらしい。葵の面倒を恵美に任せ、まずは忍だけが屋敷を出て彼等の車をロータリーまで迎え入れる指示を出した。 しばらくしてやって来たのは国産のミニバン。大型のそれを運転しているのは冬耶ではない。でもその顔立ちには見覚えがあった。西名兄弟によく似ている。確かめずとも彼が一家の長であることはすぐに分かる。 「おはよ、北条。昨日はありがとな」 後部座席から一番に出てきたのは冬耶だった。相変わらず忍には理解しがたい派手な柄のシャツを着ている彼は、心なしか少し寝不足な顔をしている。珍しい。そう思うが、溺愛している弟に”帰りたくない”と言われれば気に病むのも当然だろう。 「あーちゃんは?」 「中で俺の姉とくつろいでいますよ。連れてくる前に一度話したかったので」 ドアからもう一人、オレンジがかった茶髪頭が降りてくるのを見やりながら、忍はまだこの兄弟に葵を引き渡せない、そう伝えた。 「昨日月島にも言ったんだけどさ、いずれきちんと事情は話すから、もう少し待って。俺達にもあーちゃんにも、整理する時間が必要なんだ」 忍が何を望んでいるのか、みなまで言わなくとも賢い冬耶はすぐに察してくれる。でも返ってきたのは昨夜葵から言われたことと同じ。時間が欲しいということ。 「セキュリティを強化しろというのも、ただ単に九夜に備えて、というわけではないんですよね?」 「どうしてそう思うんだ?」 「昨夜九夜が寮に現れたこと、俺が報告せずともご存知なのでは」 冬耶の指示で九夜のカードキーの使用記録だけは常にリアルタイムで忍の元に飛ぶように設定していた。だがそのぐらいは簡単に行える。案の定、忍が指摘すれば、冬耶は悪戯がバレた時のように気まずそうにシルバーの髪を掻いた。 「あいつに注意してほしいのは本当だよ。でも今は九夜よりも外部から学園への侵入に気をつけてもらいたいんだ。その理由も、また今度話す」 忍の勘は当たったが、それでも今真実を伝えないという冬耶の決意までは揺らがないようだった。 ここでごねてもきっと冬耶は折れない。それが分かるから忍は彼等をそこで待たせたまま、葵を迎えに屋敷へと踵を返した。 冬耶と京介が迎えに来た。それを伝えれば、恵美と談笑していた葵が途端にくしゃりと泣きそうに歪んでしまう。それが怯えなのか、悲しみなのか、それとも安堵なのか。忍には判断しがたい。けれど、素直に鞄を持って、差し伸ばした忍の手を取ってきた。

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