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act.4哀婉ドール<127>

昨日はあまりに沢山の事がありすぎた。一つ一つ考える暇もなく、次の事が起こり、正直頭がパンクしそうだった。だからようやく戻って来られた家の玄関に入るなり、安堵で思わず大きな溜息を零してしまう。 だがそれを拾って来たのは、先に上がって葵の手を引いてくれる冬耶でも、葵の荷物を持って後から着いてくる京介でもない。 「葵、少し話そうか」 そう提案してきたのは陽平だった。こうして改まって呼ばれることなどあまり無い。どうしても嫌な予感がしてしまうが、周囲の誰もが葵の背中を押すように優しい視線を投げてくる。 「父さんの部屋行こうな」 戸惑う葵を簡単に抱き上げて連れて行かれたのは一階奥にある陽平の書斎。仕事場としても使用しているようだが、シアタールームや玩具置き場としての役割が強い。 以前はこうして陽平に連れられこの部屋でじっくりと会話をする時間が沢山あったことを葵は思い出した。 この家に来てしばらくは学校にすらまともに通える状態ではなかった。そんな葵を気遣って、陽平は事務所には行かずこの部屋で仕事をこなすことが多かったのだ。 冬耶や京介が学校から帰ってくるまでの間、この部屋の玩具で遊びながら、陽平と共に長い時間を過ごした。家事の合間に紗耶香も現れて、三人で遊ぶこともあった。 この部屋に入るとそんな幼い日の思い出が蘇ってくる。 いつのまにか葵を慰め守る役目が陽平から冬耶や京介へと移り変わり、二人で過ごす時間はぐっと減ってしまったけれど、この部屋に入るたびに温かな時間を思い出して幸せになる。 「さて、と。まずは父さんの許可なく外泊した悪い子ちゃんを叱らないとかな」 真ん中にある一人掛けにしては少し大きなソファに腰掛けた陽平は、腕の中の葵の額を突いてそんなことを言ってきた。 「……ん、ごめんなさい」 「冗談だよ、葵。お泊り出来るぐらい仲良しな先輩が出来て嬉しいよ」 謝れば陽平は笑って葵を抱き締めてくれる。 「でも葵の口からきちんと聞きたかった。そうじゃないと不安になるだろ?」 陽平が言うことはもっともだ。こんなことは初めてでどれだけ心配を掛けたか、葵だって反省している。 「いつでも葵が安心して帰れる家を作ってきたつもりだけど……違ったかな?」 葵の顔を覗き込んでくる陽平の顔はいつもと変わらず優しい。けれどその瞳の奥には少しだけ哀しい色が滲んでいる。 この人が葵を裏切るなんて有り得ない。分かっていたはずなのにどうして不安になってしまったのだろう。

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