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act.4哀婉ドール<128>

「俺の実家の話は前に少し、葵にしたことがあったよな」 謝罪を口にすれば、陽平からは唐突にそう持ち掛けられた。 陽平の実家の話は確かに以前聞いたことがある。実際に陽平の親や兄弟とも顔を合わせたことはあった。けれど、陽平とは違う空気を纏う彼等が葵は少し苦手だった。血縁関係のない子供、葵を引き取ったことについて陽平が彼等に咎められている所を見てしまったから、というのもある。 「何か特別大きな問題があったわけじゃない。でもどうにも相性が悪くてね。早く家を出たい、そう思っていた」 葵の髪を梳きながら陽平は更に言葉を続ける。 「家を作る仕事をしたいと思ったのも、もしかしたらその延長かもしれない。居心地の良い家を自分の手で作りたかった。そして紗耶香と出会って……」 思い出を振り返る陽平の声は表情と同じく穏やかだ。紗耶香との馴れ初めや、結婚に至るまでの話は二人の写真と共に何度か教えて貰ったことがある。葵は二人が少し恥ずかしそうに、でも幸せな顔で聞かせてくれるその話が大好きだった。 「冬耶が生まれてすぐにこの家を建てた。広い家で子育てをしたいと思ったから。あいつは新築の壁にすぐにクレヨンで絵を描き出したからちょっとだけ早まったかもって後悔したけどな」 陽平の言う落書きの跡は、階段下に一部残されたままになっている。 小さい頃から冬耶はよく絵を描いていた。葵のためにも色々な物を描き、プレゼントもしてくれた。その全ては葵の部屋のファイルにきちんと保管されている。 「それから京介も生まれて。色んな所に傷を付けまくってくれたけど、おかげであいつが頑丈になったと思えば、まぁ良かったと思わなくちゃいけないんだろうな」 陽平が苦笑いする通り、暴れん坊だった京介は家の柱ですら戦う相手としてみなしていた。当時彼のハマっていた戦隊モノの真似をして攻撃をしかけては、紗耶香に怒られていたことを思い出す。 「それから……」 そう言って一旦陽平は言葉を区切り、葵にこつんと額を当ててきた。 「葵と出会った」 たった一言なのに、そこには深い愛情が感じられる。 「葵が居て初めて、うちはちゃんと家族になれる。甘えん坊のくせにいつまで経っても遠慮する癖は抜けないけど、葵は俺の可愛い息子だよ」 「……ッ」 「血の繋がりなんて何の意味がある?俺の家族は紗耶香と冬耶と京介、それから葵。誰が何と言おうと変わらない」 葵には十分過ぎるほど幸福な言葉。抱き締めてくれる腕も、温かな眼差しも、全てが葵を包み込んでくれる。 「分かった?葵」 目元に滲んだ涙を拭いながら問われ、葵はしっかりと頷き返した。 「よし、じゃあ沢山心配掛けたんだ。紗耶香にも元気な顔見せておいで」 そうして陽平は葵を膝の上から降ろすと母の元へと背中を押してきた。

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