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act.4哀婉ドール<129>

陽平に促され恐る恐るリビングへと向かえば、キッチンと繋がるカウンター越しにいつもの笑顔で立つ紗耶香が見えた。 「葵ちゃん、お昼ごはん何にしよっか」 葵が現れたのを見つけ、紗耶香がごく自然に話し掛けてくる。朝食の片付けをしている彼女はもう次の食事のメニューを考え出しているらしい。休みの日は皆が家に居るから献立を考えるのが大変だと、よくぼやいていることを思い出す。 こうして紗耶香に問われた時、いつもはつい冬耶や京介の好きなものを口にしてしまう。でも陽平に遠慮するなと言われたばかりだ。 少しだけ勇気を出して紗耶香の元に駆け寄った。 「……オムライス、食べたい」 葵よりも背の高い紗耶香を少し見上げながらリクエストしてみれば、彼女は一瞬驚いた顔をして、そして泡だらけの手をそのままにぎゅっと葵を抱き締めてきた。 「とびっきり美味しいの作ってあげる。待っててね」 嬉しそうな紗耶香の顔を見て、もっと素直に甘えて良かったのだと反省させられる。自分が好きなものを口にしただけでこんなにも喜んでくれるのだ。 「ごめん、濡れちゃったね。着替えてくる?」 「あ……うん、そうする」 大丈夫、そう返すにはシャツの肩口にあまりにも泡が染み込んでしまっている。これで無理にこの服を着続けることも、逆に紗耶香に罪悪感を抱かせることになるのだと予測が付けられるようになった。 だから素直に紗耶香に笑い返し、一旦自室へと戻ることにした。 着替えたら紗耶香の手伝いをしに行こう。そう考えながら二階に上がり、自分の名の刻まれたプレートの掛かる部屋の扉を開けた。陽平が彫ったものに冬耶が色を付けてくれた、世界にただひとつだけのプレート。 室内も葵のために、青空柄の壁紙が一面に貼られている特別仕様。葵を迎え入れる日に向けて、この部屋を改造してくれたのだと後から教えてもらった。 この部屋は沢山の思い出と彼等からの愛情が詰まっていて、居るだけで胸が一杯に満たされる。 「……葵?入るぞ」 クローゼットを開いて中の服を物色していると、そんな声と共にドアが開かれた。訪問者は決まっている。 「着替えんの?あぁそっか、昨日もそれ着てたのか」 そういえば昨日京介とは一日顔を合わせていなかった。葵が昨日何を着ていたのか、京介が把握していなくても無理はない。

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