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act.4哀婉ドール<134>

* * * * * * “葵くん、お家に戻ったって” わざわざ都古の部屋までやってきて奈央がそう告げてくれた。 だが、慌てて学園を飛び出そうとすれば、補習のために登校してきた七瀬とその付添いの綾瀬と鉢合わせてしまい、強制的に教室へと連行されてしまった。 力に物を言わせて二人を振り切っても良かったのだが、彼等は葵が大事にしている友人。怪我をさせるわけにはいかない。それに西名家で安全が確保されていることが分かれば幾分か都古の不安も落ち着く。 だから渋々ではあるが午前中の補習を受けることを選んだ。今日の補習がお昼まで。午後がようやく訪れた休講だというのも都古の選択を後押しした。 「都古くんがちゃんと頑張ってたって葵ちゃんに言ってあげる。そしたらいっぱいご褒美貰えばいいじゃん」 七瀬がこんな風に煽ってきたことも都古の心を動かした。 いい子に補習を受けて、葵に褒めてもらう。その上で葵の悩みも癒やしてあげよう。そう決めた。 時計の針が進むのだけをジッと見つめて耐えていれば、着実に帰宅時間が近付いていく。そうしてようやく待ち望んだ時間が指し示された瞬間、都古は薄い鞄だけを持って教室を飛び出した。 最寄り駅まで着いた都古は、ロータリーに並ぶタクシーに乗るか、それとも電車に乗るかを少しだけ迷う。ここから西名家までは電車だと乗り換えがあり少々遠回りになるが、車ならば最短距離を進むことが出来る。道路が混んでいればこの選択は仇となるが、都古は一か八か、タクシーを選ぶことにした。 都古が覚えている住所と電話番号は実家と、そして西名家ぐらい。乗り込むなりそれを告げて都古はきつく目を伏せた。 葵が西名家のことで悩んだ時頼れるのは今、都古しかいない。 そう冬耶に告げられたというのに、自分は肝心な時に葵を支えてやれなかった。それが悔しくて堪らない。 きっと冬耶や京介のことだ。葵と対面してしまえば、葵の不安を取り除いてとっくに癒やしてしまっているだろう。それが悪いことではない。葵が笑えるならそれが一番いい。けれど、願わくは、都古自身の手で葵を笑わせてやりたかった。 タクシーはスムーズに西名家に辿り着いてくれたが、お釣りを受け取る時間さえ今の都古には惜しい。ポケットに突っ込んでいた一万円札を運転手に差し出し、都古はすぐに車を降りた。 西名家の玄関のチャイムを鳴らせば、少しして紗耶香が顔を出した。都古が来ることは予期していたのだろう。さして驚いた様子もなく、笑顔で迎え入れてくれる。 「今ちょうどお昼食べてたの。都古くんも食べる?オムライス」 「……うん」 紗耶香から提案されたのは葵の好物。思った通り通されたダイニングでは葵が笑顔でそれを頬張っていた。葵を挟むように京介と冬耶が座っているのも見える。 自分が居なくても葵はもう大丈夫。そう思うと胸が締め付けられる感覚に襲われる。

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