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act.4哀婉ドール<135>
「お、猫が来たぞ、葵」
何やらオムライスにケチャップの掛け合いをしている葵達は都古には気付かない。最初に声を掛けてきたのは既に食事を終えた様子の陽平だった。コーヒーカップを片手に笑いかけてくる彼は、相変わらず優しい。
彼は都古のことも、まるで家族の一員かのように受け入れてくれる。
「え……?みゃーちゃん!」
陽平の声に入り口を振り返ってきた葵は驚き、そしてすぐに立ち上がって都古の元へ駆け寄ってきた。
「みゃーちゃん、ごめんね、一緒に帰ろって約束したのに」
きっと葵はずっと気にしてくれていた。その言葉で分かるから、勝手に感じていた疎外感が消えていく。
「アオ。心配、した」
「うん、ごめん。置いていっちゃってごめんね」
「補習、がんばったのに」
葵に罪の意識を植え付けるような言葉は言うべきではない。そう思うけれど、寮の部屋に葵が居ないのを見つけた瞬間の悲しさを伝えたかった。
都古の腰にぎゅっと腕を回してくる葵の体を、都古からも抱き締め返しながらそっと頬にキスを落とす。本当は唇にしたかったけれど、西名家の両親や冬耶がいる前ではまずい。そのぐらいの分別はあった。
「ご褒美、ちょうだい」
「ん、後でね」
こっそり願望を耳打ちすれば、葵は少しはにかんだ表情を見せながら都古の頭を撫でてくれる。たったそれだけで満たされてしまう自分は随分単純だと、都古は思う。
葵の隣が良いだろうと察して冬耶がわざわざ席を空けてくれるが、もう反対側の椅子に座る京介は少しつまらなそうに都古に視線を投げてくる。今喧嘩をするつもりはないが、都古だって随分葵を我慢させられた。隣で食事をするぐらいで睨まないでほしい。
「みゃーちゃん、何がいい?」
紗耶香がもう一人前のオムライスを運んでくれるなり、葵がケチャップを構えてくれる。こうして黄色い卵のキャンバスに絵を描いてくれるのはいつしか二人でオムライスを食べるときの習慣になっていた。
「ねこ」
「分かった、頑張るね」
そう言って葵は気合いを入れると、都古のリクエスト通りの猫をゆっくりと描き始めた。
「上手に描けたね、あーちゃん」
「そうか?ヒゲひん曲がってんじゃん」
「京ちゃんが押すから曲がっちゃったの」
描かれた猫のイラストを見つめる兄弟と会話を交わす葵は、都古の目から見てももういつも通りに感じられる。
これでいい。そう思うのだけれど、やはり自分が役立たずだったことを思い知って辛くなる。
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