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act.4哀婉ドール<140>

陽平とのお喋りを切り上げて二階に上がれば、葵の部屋からは京介と葵の声がかすかに聞こえてくる。都古はきっともう昼寝に突入しているのだろう。二人の声音がどこか気遣わしげにひそめられているから、そんな光景が冬耶には簡単に想像ついた。 アンバランスではあるけれど、あの三人はそれなりに上手くまとまっている。葵のことが一番に可愛い。それは冬耶の中で揺るぎないものだが、葵をそれぞれの形で大事にしようとする京介と都古、二人のことも冬耶からすればこの上なく可愛い存在だ。 葵を抱き締めたい。そんな感情が膨らまないと言えば嘘になるが、三人の時間を楽しんでいる邪魔はしたくない。 冬耶は自室に戻り、ボヘミアン柄のカバーが掛かるベッドに身を投げる。その拍子に、自分で付け足した天蓋から垂らした橙色のケーブルライトと、無数の魔除けのお守りがぶつかって音を立てた。 悪夢を払い除けてくれるというお守りは自らの手でいくつも作り上げ、自分の部屋だけではなく葵の部屋の枕元にも飾ってあげている。でも未だに度々葵が悩まされていることを考えれば、ちっとも効果はないのだろう。 葵のために出来ること探して必死になってきたけれど、その全てが空回りなのかもしれない。 開けたてのピアスホールに触れながら、冬耶は天蓋を見上げた。 この部屋を出る時はまたしっかりとした兄の顔をしなくてはならない。だから冬耶は素直に弱音を吐ける唯一の相手に電話を掛けた。 『……何時だかわかってる?』 しばらくのコール音のあと響くのはとてつもなく不機嫌な声音。きっと寝起きなのだろう。確かに時差を考えればまだ向こうは明け方だ。 「ごめん、はるちゃん」 『まさか葵ちゃん、帰ってこなかった?迎えに行ったんだよな?』 遥の怒りに謝罪を口にすると、声のトーンで様子がおかしいことを察したのだろう。すぐに彼の声が覚醒したものに変わった。 遥には葵が忍の家に行ったことと、今朝迎えに行くつもりだと言うことまでは伝えていた。でも昨晩陽平から聞いた藤沢家の話はまだ話せていない。

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