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act.4哀婉ドール<141>

「いや、帰ってきたよ。今京介とみや君と一緒にお昼寝してる」 『じゃあどうした?そんなあからさまに元気のない声で電話してきて、何でも無いなんて言うなよ』 遥は葵に対してはとびきり甘く柔らかく接するのだが、冬耶にはいささか厳しい口調になる。顔立ちだけ見ればその髪の長さも相まって、女性にも間違えられるほどだと言うのに、内面は冬耶よりも男らしいかもしれない。 だから冬耶は昨日陽平から聞いた話をそのまま遥へと伝え聞かせた。 『葵ちゃんにお兄さん?でも葵ちゃん授かったから結婚したんじゃなかった?その前にもう一人産んでたってこと?』 「……どうだろう、そこまでは父さんも聞かされなかったらしい。”兄”なのかも予測でしかない」 『可能性としては他の女性との間の子のほうが高いかもな。それなら葵ちゃんとも面識ないんじゃない?今まで一度だって葵ちゃんからそんな記憶出てきてないし』 遥の言う通り、冬耶も葵からそれらしき発言が出たのを聞いた覚えはない。でも所々記憶が朧気な葵のことだ。もしかしたら葵は”兄”と会ったことがあるかもしれない。 その記憶は幸福なものか。それとも辛いものなのか。どちらにせよ、掘り起こしたくはない、そう思ってしまう。 「もしお兄ちゃんの役目が必要なくなったら、どう生きていったらいいか分からない」 遥相手には疼く不安を口に出来る。でも至って真面目な雰囲気だというのに、遥が電話越しに笑うのが分かった。 『そしたら恋人目指せば?お兄ちゃん卒業して、男としてアプローチすればいい』 むしろ良かったことだとでもいうように遥は簡単に言ってのける。そんなことを考えたことも無くて、冬耶は思わず返す言葉を失ってしまった。 『俺も堂々と葵ちゃんに迫れるし。一応これでも冬耶に遠慮してるんだよ』 「どういうこと?」 『だから、冬耶がお兄ちゃんで居る間は、俺も優しいお兄さんで居ないとなぁって思ってるわけ。抜け駆けは出来ないから』 これは感謝すべきことなのだろうか。どこか欲を秘めた声のトーンはいかにも妖しげで、遥が葵にどんな関係を求めているのかもはっきりと思い知らされる。 分かってはいた。親友の家族だから、なんて枠を越えて遥は昔から葵を溺愛しきっていたのだ。惚れていないわけがない。でもこうして言葉ではっきりと言い聞かされたことはなかった。

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