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act.4哀婉ドール<143>

『冬耶が葵ちゃんの”お兄ちゃん”じゃなかったら、あの子はきっと笑えてなかった。そいつの善悪は判断出来ないけど、肝心な時に葵ちゃんの傍に居て支えることをしなかった存在が冬耶以上の”兄”になるとは思えない』 もしかしたら相手は葵を”弟”として懸命に愛そうとする人間かもしれない。それならばしっかりバトンタッチしてあげることも考えるべきだ。そうも自分に言い聞かせていたというのに、遥はその考えすらばっさりと切り捨てるほど冷たい。 『世界一葵ちゃん愛してるのは冬耶なんだろ?胸焼けがするぐらい聞かされてきたんだ。今更自分で覆そうとするなよ』 「……そう、だよな」 『俺と張り合うならまだしもな』 やはり遥は侮れない。暗に自分のほうが葵を愛している、そう言いたいのだろう。でも遥がそんな調子だからこそ、強張っていたはずの口元が笑みで緩む。 「悪いけど、はるちゃんには負けないよ」 『そう?じゃあ今どっちと喋りたいか葵ちゃんに聞いてみなよ』 「え?……いや、しばらく会ってないんだから、遥のほうが絶対有利だろそれ」 危うく騙される所だった。冬耶が罠に気が付けば今度こそ遥は声を出して笑い始めた。彼はクールなようで案外笑い上戸なのだ。でもその笑い声が今は心地いい。 「でも冗談抜きで、あーちゃんと喋ってあげてよ。あーちゃん、遥に甘えたくて仕方ないんだから。その自覚もあるだろ?」 『あるよ。それに、葵ちゃんが自分でねだってきたらもちろん答える。でも遠慮しているうちは与えない』 「……鬼」 『教育熱心だって言って』 遥だって葵のことが心配で堪らないくせに、どうして思い切り甘やかしてやらないのだろう。遥は葵を可愛がるけれど、自分の足でしっかりと立てるよう導くためには随分とスパルタにもなれる。それが冬耶や京介とは違うところだ。 彼の作戦は確かに効果的で、葵は大好きな遥に褒めてもらうために必死で沢山の苦手を克服してきた。飴と鞭の与え方が絶妙すぎるのだ。 そして、次はきちんと時差を考えるように、そう言い残して遥はあっけなく通話を終えてしまった。 手懐けられているのは葵だけでなく、冬耶も同じかもしれない。 彼の一時帰国の知らせを聞いただけで葵は泣くほど喜んだのだ。早く直接遥に会わせて思い切り幸せに浸らせてやりたい。そんなことを考えてしまうことこそ、既に遥の手中で転がされているようだったが、それが自分たちの正常な関係だ。 冬耶は携帯のディスプレイの明かりを落とし、ベッドの上で寝返りを打つ。その拍子に、ぶら下げたお守りがまたちりんと澄んだ鈴の音を響かせた。

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