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act.4哀婉ドール<144>
* * * * * *
櫻とジェラートを食べて、忍に宿題を見てもらった。昨日の出来事を詳しく聞こうとすれば、葵からは嬉しそうにそんな報告をされてしまった。聞きたいのはそれじゃないというのに、わざとはぐらかしているのか、それとも京介に一番に伝えたいことが楽しい思い出なのか。判別しづらくてつい見逃してしまった。
あれだけ長く昼寝をしたというのに、夕食を終え、今度の定期テストに向けて自習をし始めた葵の瞼は早くも重たそうに瞬きを繰り返している。その姿を見ながら、京介は人知れず溜息を零した。
忍と寝不足になるようなことでもしたのか。何か思い悩んで眠れなかったのか。悪夢を見て目覚めてしまったのか。
すぐそこに居るのだから聞けばいい。そう思うのに、葵がせっかく取り戻した笑顔を曇らせることを言うべきか、悩むのだ。
「葵、お前もう風呂入って寝たら?」
「……ん、あともうちょっと」
手を伸ばして柔らかな頬を摘みながら提案すれば、葵はそう言ってまたテキストへと向かい始めた。
運動が出来ない分、勉強を頑張ろうとしているのは知っている。応援もしてやりたい。だが、葵の成績が上がるにつれ、教師が手の平を返したように葵を”いい子”だと言い始めたことを思い出して苦い気持ちになる。
「京ちゃんも勉強しないとダメだよ」
「俺はそこそこでいい。必要な教科決まってるし」
もう高校二年生。そろそろ具体的に進路を決めなくてはならない時期。授業自体はサボりまくっているが、京介は自分の進学に必要な教科だけは一定の成績を保っているつもりだ。だから何気なくそう返したのだが、葵はペンを止め、ジッと見つめてくる。
「受験、するの?」
そのまま付属の大学に進学するのではなく、他の大学に行くように聞こえたのだろう。葵は少し驚いたような顔をしていた。
「内部進学するにしても、外部行くにしても、この出席率と成績じゃどっちにしろ受験だろ」
「……ちゃんとしとけば良かったのに」
葵は少し呆れたように眉をひそめた。でも大人しく授業に参加するのはどうにも性に合わない。試験だけこなせばいい。そう思ってしまう。
「中二の秋、だよね。京ちゃんが授業出なくなったの。それにあんまり一緒に居てくれなくなった」
「そうだっけ?忘れた」
そうは言うが、京介はきちんと覚えている。
あの頃、葵に対して抱えていた感情が上手くコントロール出来ず、爆発しそうになるのを抑える方法が距離を置くことしか思いつかなかった。
ちょうど葵が綾瀬と七瀬、二人と親しくなったというのも大きい。自分が居なくても学園内では彼等が葵の面倒を見てくれるし、欲の対象として葵を見てはいないと確信が持てた。だから学園内でのことは二人に任せ、サボりがちになった。髪も染めたし、ピアスも開けた。煙草も酒も覚えたのはその時期だ。
結局冬耶や遥に目一杯叱られたし、葵も泣かせた。それほど時間を空けずにまた葵に寄り添えるようになったけれど、それでも葵はあの一時期のことをまだ引きずっているらしい。
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