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act.4哀婉ドール<152>

「で、連休明けたら戻ってくるよね」 どこか有無を言わさぬ声音。優しい彼にそんな物言いをさせている自分が嫌になる。そしてすぐにイエスともノーとも答えを出せないことにも嫌気が差した。 自由気ままに生きているはずなのに、自分を心底心配してくる彼を前にすると傷付けるような選択は口にし辛い。だから面と向かって生徒会を辞めるとも言えなかった。けれど、素直に戻りたいなんて都合の良いことも口にする立場ではない。そう思ってしまうからつい返答に慎重になってしまう。 「実はな、ガッコも辞めるつもりでおって。実家継ぐって言ってもーたから、ちょっとごたついてんねん。家業手伝わされてて」 「え?幸ちゃん、継ぎたくなかったんだよね?何やってるの?」 奈央に呆れられるのも無理はない。 まともに授業にも顔を出さないどころかほぼ出席すらしていない幸樹がなぜ学園に籍を置き続けるのか。それは学園を辞めれば家業を継ぐしか道がなかったからだ。 あまりにも欠席を繰り返したことが親に知れ、退学を迫られた高一の秋。幸樹を救ったのが生徒会だった。生徒会に所属すれば並大抵のことでは退学にはさせられない。だからおいで、そう言って手を差し伸べてきた当時の生徒会長の誘いを受けて、幸樹は彼に身を預ける選択をした。 その少し後に、奈央は当時次期生徒会長の座に居た冬耶に半ば強制的に生徒会に引き込まれた。彼もそのおかげで実家から課せられていた山のような習い事から解放されたのだ。 元々何故かウマが合って会話はよくしていたけれど、全く別の人格だというのにどこか似たものを抱えていると知って、より深く親しくなったのは実はお互いの生徒会への所属が決まってからだ。 「じゃあもしかしてもう、戻れないの?」 「……いや、とりあえず高校だけは行かせてって頼んだ。今関わってる仕事終わったら戻れると思う。多分」 父親はようやく息子が継ぐ決心をしたとあって大喜びしていた。数日も経たずそれを覆せば当然怒り狂った。 でも今の時代頭も切れなくては世渡りが出来ない。対抗勢力の九夜家の息子も留年とはいえ、きちんと学園に居続けている。そんなことを話し続けてようやく卒業の許可はおりた。すぐにとは行かないが、戻れそうな状況には持ち込めた。 「幸ちゃんの届けは忍が保留にしてるから。忍ともちゃんと会話しなよ」 「……おう、そうするわ」 「今行く?多分寮戻ってるよ」 奈央はすぐにでも幸樹の申請を撤回させたいらしい。でも幸樹がわざわざ今夜奈央だけに声を掛けたのはまだ戻れる自信がないからだ。 「いや、藤沢ちゃんがあの夜のこと、思い出しても大丈夫やって確信出来てからやないと、戻られへん」 「まだそんなこと言ってるの?」 「でも大事なことや」 もう二度と葵を死の淵に立たせたくはない。暗い湖に浮かぶ葵の姿が、今も目に焼き付いていて離れないのだ。冷たい体の感触も。吐き出した水の生ぬるさも。幸樹は未だにあの夜の夢を見ては吐きそうなほど恐ろしくなる。 「藤沢ちゃん、自分でカウンセリング行くって言い出したんやって」 幸樹のもう一人の友人、京介から先刻その連絡があった。 葵が抱えているものは幸樹との出来事だけではない。でも、葵が前を向く兆しを見せたのならば、幸樹が安堵出来る日も近いかもしれない。悪態ばかりつく憎らしい年下ではあるが、幸樹の気を軽くするためにそうしてわざわざ連絡を入れてくる京介は、やはり良い友人だ。

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