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act.4哀婉ドール<154>

「若葉こそ珍しい。まだ謹慎中やなかった?」 「んー?よく知ってんネ。あ、お前西名の犬だっけ」 幸樹が生徒会に所属していることを、彼、若葉はそう表現してくる。若葉は何より冬耶の事が嫌いらしい。冬耶が卒業してなお、こうして敵意を剥き出しにしてくるのだ。でも幸樹は生憎そんな挑発には簡単に乗らない。 「連休明けたら戻ってくる。生徒会やなくても、そんなん学園中に知れ渡っとるわ。皆恐れてんで、若葉のこと」 「ふーん、こんなにイイコなのに」 若葉が畏怖の対象であると持ち上げてやれば、彼は鋭い目を細めて首を傾けた。どこがだ、そう突っ込みたくなるが、乗ってしまえば長くなるのは分かりきっている。 だから幸樹は無視をして校門へと歩き出そうとすれば、若葉はまだ話し掛けてきた。どうやらただ気まぐれに声を掛けてきただけではないらしい。 「なぁ、ナオって誰?」 「……は?」 つい先程まで共にいた友人と同じ名が口にされれば足を止めざるをえない。でも幸樹が素直に反応してしまえば相手の思惑通りだろう。 「それだけじゃ分からんわ。ナオがつく奴なんてぎょーさんおるし」 「あっそ。じゃあフジサワアオイは?」 幸樹が誤魔化せば、今度は言い逃れが出来ないフルネームが告げられた。なぜ若葉が幸樹に対してその名前を出してくるのか。獰猛なだけでなく狡猾な獣は、その二つの存在が幸樹と同じ生徒会に属していることなど分かりきっていて聞いてきているはずだ ここで対応を間違えたら危険なことになる。彼がターゲットにした人間がどんな目に遭ったか、嫌というほど見聞きしている幸樹は獣に見咎められないよう静かに唾を飲み込んだ。 「なに、若葉ああいうのタイプなん?自分男より女のほうが好きちゃう?そら、男にしちゃ可愛えほうやし、俺も味見はしとるけど」 あくまで性の対象としての軽口を返せば、若葉は興味なさそうに息を吐いた。二人を真正面から守ろうと躍起になるより、こうして少し矛先をずらした回答をするほうが効く。その予測は当たった。 「お前の手垢付きはビョーキ移りそ。萎えた」 「何なんそれ、失礼な奴やな」 期待した反応ではなかったことも若葉の機嫌を損ねたようだ。つまらないと言いたげにまた車に乗り込み始めた。 「え、ちょっと、何で来たん、テツさん」 後部座席のドアを閉めた運転手に声を掛ければ、彼は肩をすくめてみせた。気まぐれな主人に付き合って迷惑をしている様子だ。 でも幸樹には少し予測が付いてしまった。どこでその存在に興味を持ったか知らないが、奈央か葵か。どちらかに接触しようとしてやって来た気がする。心変わりをして帰るのが何よりの証拠だ。 元々それほど執着を持っていない。ただの興味のレベルだったことで助かったが、次にもし若葉がその気になれば相当まずい。 この学園で野生のままの彼を力で完全に押さえつけられるのはどう見積もっても自分ぐらいしかいない。それすら互角だ。 どうやらもう一つ、学園に戻らなければならない責務が出来てしまった。幸樹は嫌な胸のざわめきを感じながら、若葉を追うようにして足早に学園の敷地を後にした。

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