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act.5三日月サプリ<5>
「おい、”大した額じゃない”なんて言うなよ。先輩が断りにくいじゃん」
真ん中の葵に聞こえないよう聖の耳に口を寄せてきた爽は、小声でそうして文句をつけてくる。爽はやはり聖に比べて少し気にしすぎな性格だと思う。それに”断る”という選択肢があるのも悔しい。でも葵が即決出来ずに泣きそうに唸っているのは事実だ。
「無理強いすんのはやめよ」
「……分かってる」
爽の言うことはもっともだが、葵とおはようのメールをして、夜はほんの少しの時間でも電話でおやすみを言い合えたなら。こんなに幸福なことはない。すっかりその気で想像していたのだから、勝手に寂しくなってしまう。
「ごめん、もうちょっと考えてもいい?」
「もちろんいいっすよ。どうせ俺らだけじゃ契約できないし」
しばらく悩み通した葵が出した結論は保留。先に返事をし、葵の被るキャップ越しに頭を撫でたのは爽のほう。聖はまだ諦めきれない。
「……聖くん?ごめんね、欲しくないわけじゃないんだよ」
聖の気持ちを察したのか、葵が聖だけを見て切なそうに笑ってみせる。葵は子供っぽく見えるけれど、我儘を押さえられない自分よりも実はよっぽど大人だということも知っている。そして聖のなだめ方も上手い。
「買ったら色々使い方教えてね?」
「……あぁ、もう。つきっきりで教えます」
そう言って思わずぎゅっと抱き締めてしまえば、葵からも爽からも笑い声が溢れてきた。これでは自分が一番子供みたいだ。でも不愉快にはならないのが不思議だ。
「よし、じゃあ次行こ」
せめてリードしていることを忘れさせないよう、聖が一番に店内から出ようと試みた。すると爽がさり気なく携帯のパンフレットを、葵が肩から斜めに掛けたカバンに突っ込んでいるのが見える。やはり爽も諦めているわけではないようだ。
次の行き先は従兄の働くショップと決めている。人通りの多い道をしばらく真っ直ぐに抜けて入り組んだ細い路地の先にある。
でももうすぐで大通りのはずれに着くという頃、不意に爽が声を上げた。
「……あ、ごめん、ちょっと待って」
「は?どこ行くんだよ、爽」
「すぐ戻る」
爽は説明もそこそこに傍らに佇む店の一つに飛び込んで行ってしまった。その後ろ姿がやけに弾んで見えるのだが、看板を見て合点が行った。
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