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act.5三日月サプリ<9>
「どうして?魔法、あると思いますよ」
「本当?聖くんもそう思う?」
「ほら、これとか魔法の杖っぽくないですか?」
先に葵の慰めたのは兄のほうだった。棚に無造作に置かれた古ぼけた木製の杖を手に取り、葵の前に差し出した。確かにねじ曲がったデザインも、持ち手にはめ込まれた竜の目のような石も、何かのアイテムかのような印象を与える。
「じゃあこれは魔法の絨毯っぽい?空飛べそう」
「そうだね、ワクワクする」
爽も兄に負けじと壁に掲げられたタペストリーを指差す。そうすると、葵はうんうんと頷いて嬉しそうに微笑んできた。
「葵先輩が感じること、否定なんてしないですよ」
「俺らに対して葵先輩は一度だってそんなことしたことないっしょ?俺らも同じ」
夢見がちな所も可愛い。二人揃って葵の頭を撫でてやれば、くすぐったそうに”ありがとう”とお礼が返ってきた。
今日はすでに何度か葵の頭に触れてきたけれど、全てキャップ越し。真っ黒で飾り気のないそれは葵の頭には少々大きく見える。それに爽やかなブルーのカーディガンの色味とも合わない。
葵は全く気にしていない素振りだが、仕事柄どうしてもこうしたアンバランスさは落ち着かない。葵の髪にも直接触れたい。
「ねぇ、先輩、帽子取りません?サイズ合ってないし」
「あ、これね……帽子失くしちゃったから京ちゃんに借りたんだけど、ちょっと大きかった」
聖が指摘すれば、葵はキャップのつばを持ち上げて本来の持ち主を教えてくれた。身長差が20センチ以上もあるのだから、サイズが合わないのは当然だ。でもそうまでして帽子を被りたがるのは何故なのかが気にかかる。
「じゃあ今日はこっち被りましょ」
「……おい、ちょっと聖」
少し楽観的な兄は爽が止める暇もなく葵のキャップを簡単に奪うと、自分のカバンに仕舞っていた薄手のニット帽を葵の頭にすっぽりと乗せてしまった。確かに今までのキャップよりは服装に馴染むし、サイズの違いも気にならない。でも葵の反応が心配だ。
だが、ちらりと覗き見れば、爽が心配せずとも葵は笑顔でニット帽の位置を直し始めている。
「爽は心配性すぎるんだよ」
「俺は葵先輩泣かせたくないだけ」
勝ち誇ったように言われて悔しい気持ちは否めない。自分だって色違いの帽子を持っている。普段は堂々と過ごしているが双子がモデルだとバレると面倒そうな場合に備え、変装用として帽子と眼鏡は常に持ち歩いているのだ。聖のものを常に身に付けさせるのは嫉妬してしまう。
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