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act.5三日月サプリ<10>

「じゃあ、こっちもしよ」 悔し紛れに度の入っていない伊達眼鏡を装着させれば、葵は驚いた顔をしたけれど、二人の張り合いを察したのか大人しく受け入れてくれた。 そのままの格好の葵を連れて更に店の奥に進むと、従兄がカウンターで何か修理作業を行っている最中だった。 「「有澄」」 双子が揃って声を掛ければ、ようやく客の来店に気がついたように顔が上がる。少し毛先に癖のある黒髪と顎に蓄えた無精髭。つい最近高校生だったとは思えないほど若々しさがない。 「おー聖ちゃん、爽ちゃん。来るんなら一声掛けてよ。迎えに行ったのに」 修理の手を止め、眼鏡と手袋を外すと多少はむさ苦しい印象が和らぐ。元々はいい男のはずなのだ。でもどこをどう間違ったのか、古書に嵌ったのをきっかけにどんどん身なりを気にしなくなってしまった。 でも彼はセンスがいい。身に付けている服もそうだが、髭すらもオシャレに見えてしまうのが不思議だ。 「好きなもん選んでけよ、あんまり高いのは御免だけど。……って、あれ?」 有澄はようやく聖と爽の間にもう一人居ることに気が付いた。視力を補うために外したばかりの眼鏡を再び掛け始める。 「え、藤沢ちゃんだよね?」 「えっと……」 「ほら、覚えてない?」 有澄はそう言ってぼさぼさの髪を手ぐしで整え、自らの手で髭を隠してみせた。するとようやく高校時代の面影を見出したのか、葵も警戒を解いて二人の背中から姿を現した。 「図書委員の早乙女先輩だ!」 「そう、良かった覚えててくれて。よく本借りに来てくれたもんね」 「はい、いっぱいオススメの本教えてもらったから。すぐに気が付けなくてごめんなさい」 「いいよいいよ、髭あると分かりにくいよね」 有澄は幼稚舎から学園に通っていたし、生徒会に所属していた葵のことを知っているとは予測していた。でもまさか葵が有澄を認識しているどころか、思い出まであると心穏やかではない。 「葵先輩こっちに面白そうなのあるよ」 「あ、ちょっと待って、聖くん」 分かりやすく有澄に嫉妬し、葵をカウンターから引き離して店の奥へと連れ込んでしまったのは聖だった。爽もそれを追いかけようとしたが、苦笑いする有澄をこのまま置いていくのも気が引けて、もう少し彼と会話することに決めた。 「藤沢ちゃん好きになっちゃったの?」 「悪い?」 「いや悪いっていうか……苦労するだろ」 カウンター傍の椅子に勝手に腰を掛けた爽に、有澄はまた作業する手を再開させながら話し掛けてくる。ステンドグラスの張られたランプの配線を日本仕様のものへ取り替えようとしているらしい。

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