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act.5三日月サプリ<19>
「あいつも、カウンセリングとか連れてったほうがいいんじゃねぇの。素直に行く気はしねぇけど」
「みや君が自分の口で話せるとは思えないしな。そこも含めてもう少し様子見よう。今のとこあーちゃんだけがみや君を癒せるんだから」
甘みの強いカフェオレを口に含みながら、冬耶は京介を安堵させるようにそう言い聞かせる。だが、京介はちっとも納得がいっていない顔だった。
「葵、今不安定だろ。んで、都古もそれに引きずられてる気がする。共倒れしたらヤバくねぇか?」
「みや君、なんかおかしい?」
「前は一度寝付いたら俺が頭叩いてもロクに起きねぇのに、最近めちゃくちゃ眠りが浅い。すぐ起きやがる」
確かに京介の指摘が本当ならば、都古は少し様子がおかしいことになる。葵が傍に居さえすれば、固い床でも、教室の机の上でも、所構わず熟睡する猫。そんな彼が深い眠りに付けていないのは少々心配だった。
葵と都古は精神的に依存しあっているという京介の見方は冬耶も正しいと思う。どちらかが傾けば片方が引きずられる。
「あーちゃんしっかりさせたほうが早いかもな」
「……あぁ。だから明日、医者連れてくわ」
「医者?」
おそらく京介はこの結論に持って行きたかったのだろう。真っ直ぐに本題に入れない弟の不器用さにはほとほと呆れてしまう。
「一度会わせて、葵も気に入ってる。自分からまた会いたいって言い出したから予約取った」
「いや、待て待て待て。なんでそんな話になってんの?医者?どこの?いつ会わせた?」
「水族館行った日。歓迎会で行った病院で紹介された医者。名前は宮岡」
京介はぶっきらぼうに冬耶の質問に答えてくるが心は全く穏やかにならない。
病院が怖くて仕方ない葵の気持ちを優先して今まで無理には連れて行かなかったのだ。それをこんなに乱れている時期に診察を受けさせたと知れば不安になるのも無理はない。
「京介、そういう大事なことはちゃんと家族で話し合わなきゃダメだろ。取り返しのつかないことになったらどうする」
少しきつい口調で身勝手な弟を叱れば、彼は悔しげに唇を噛んだ。拍子に手にしたハンバーガーの包み紙がぐしゃりと嫌な音を立てる。
京介の気持ちも分からないでもないが、いくら弟が可愛いとは言え、今甘い顔をするわけにはいかない。冬耶がもう一度京介を咎める言葉を紡ごうと口を開きかけた時だった。
「……湖に飛び込んだのは、取り返しのつかないことじゃねぇのかよ」
「京介?」
「兄貴はあの葵を見てねぇから平気で居られんだろ。死んだかと思ったんだ。冷たくて、でも震えてすらいない。あんなもん見て正気で居られるか」
俯いたままで苦々しい声を出す京介を目の当たりにして、ようやく冬耶は気が付いた。京介もあの一件で深く傷ついていた。それをケアしてやることを忘れていた。これでは兄失格だ。
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