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act.5三日月サプリ<21>

「なんで忘れてたんだろ」 京介が自身に愕然とするのも無理はない。穂高はそれほど葵の傍に寄り添い、葵があの時期心の底から頼っていた唯一無二の存在だった。そして京介と冬耶が葵と仲良くなれたのも、彼の仲介のおかげといっても過言ではない。 けれど言い訳をすれば冬耶も京介もまだ幼かった。それに、葵が絶対に穂高のことを思い出さなかったのだから、記憶を蘇らせるきっかけすら無かったのだ。 「あーちゃん、なんで穂高くんのことは思い出さないんだろう。あんなにいつも”ほだか”って呼んでたのに」 葵が一度泣き出すと、穂高が抱き締めてやるまでは決して泣き止まなかった。穂高だけが葵の生命線でもあった。そんな存在を葵が忘れていることが不自然だ。 「穂高くんが居なくなったショックが大きすぎたのかな」 「……だろうな」 ただひとつ考えられる理由を口にすれば、京介が同意を示してきた。 葵が馨に置いて行かれた日。葵が呼んでいたのは”パパ”だけではなかった。いや、最後まで、声が枯れるまで叫び続けていたのは”ほだか”だった気がする。 もし宮岡と繋がりを持っているのが穂高だとしたら信用に値するのかもしれない。彼は確かに葵を置いて行ったけれど、今思い返せばあの年齢の穂高が馨や藤沢家に刃向かえるわけがない。彼も苦渋の決断だったのだろうと思い遣れる。 「もしその宮岡って先生の協力者が穂高くんだったら、あーちゃんのこと藤沢家に渡さないように動いてくれてるってことだよな?」 「でもバレたらまずくねぇか?」 「……危険、だろうな」 穂高が協力している相手なら宮岡の素性も安心だ。でも穂高の身の安全のほうが心配になってくる。藤沢家の意向に反する行為には違いない。 記憶の中の穂高はいつでも葵を抱き締めて微笑んでいた。冬耶や京介にも優しく接してくれていた。 彼の笑顔を浮かべていると、もう一つ思い出すことがあった。最後の日。彼と冬耶は確か言葉を交わしていた。 “お坊ちゃまを守ってください” そう囁かれた気がする。男同士の大事な約束だ。忘れてしまっていたけれど、でも冬耶は彼の願い通り、葵をしっかり守ってきたつもりだ。そしてこれからもずっと守り続ける。 彼の期待を裏切らないよう、冬耶は再び葵へと視線を戻す。 青空の下、葵はまるであの日の涙など無かったかのように幸せそうに双子と笑い合っていた。

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