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act.5三日月サプリ<23>

ボート乗り場は連休中だけあって混み合っていたが、三人で並んでいればあっという間に時が過ぎていく。 「葵先輩、おいで」 ボートに乗り込む瞬間はやはり葵は怖がってみせたけれど、先に乗った聖がこうして手を差し出せばゆっくりと踏み出してくれる。小さい手が少しだけ震えていた。でもしっかりと背中から包むように抱き締めてやれば、その震えもすぐに治まる。 葵が怖がらないよう、爽が静かにオールを漕ぎ出した。広い池の中に先に浮かんでいるボートとかち合わないよう、器用に人気のない方向へと進み始める。 「爽くんだけに漕がせちゃってごめんね。もうちょっと慣れたら、漕ぐの手伝えると思うから」 「大丈夫っすよ。怖いの我慢しないでください」 「そうそう。さっきも言ったでしょ?俺たちが誘ったんだし、ここは任せて。ね、葵先輩?」 はなから葵に漕がせる気はないし、聖の手を離せない状態だ。なだめるように聖が抱き締めれば葵はようやく納得したように体を預けてくれた。 葵は生徒会の仕事をこなすしっかり者に見えて頼りない。でも周りに手放しで甘えているかというとそういうわけでもない。無理をして背伸びをしていると思わせる時もある。今もそうだ。年下相手、だから余計なのかもしれないが、どうしても歯がゆい気持ちは否めない。 何か困った時、葵に一番に思い出してもらえる存在になるのはまだまだ難しいかもしれない。 でも、せめて今カバンに光るお揃いのアイテムを見て、双子からの愛情を思い浮かべてくれる機会が増えたなら。そんなことを考えて、自分達の誕生日ではあるけれど、三人で共通の物を葵に贈りたいと思ったのだ。 「早乙女先輩のお店、素敵だったね」 煌めくチェーンを指でなぞりながら、葵が聖を振り仰いだ。 「葵先輩は有澄のこと知ってたんですね。仲、良かったんですか?」 爽の操縦で他のボートからは距離の離れた木陰へとボートが進んでいく。だからその静けさのせいで自分の声に随分と嫉妬の色が混ざっていることも気付かされる。 自分の知らない葵を知っている。それだけで従兄にすらヤキモチを焼いてしまう。 「放課後、よく図書室に通ってたんだ。京ちゃんはよく喧嘩して先生に呼び出されてたし、お兄ちゃん達の授業が終わるまでは一人で待ってなきゃいけなかったから」 葵から語られるのは確かに二人が知らない過去のこと。声音は穏やかだけれど、聖から見える葵の表情は少し寂しげだった。

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