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act.5三日月サプリ<24>

「小さい頃から本は大好きだったし、遥さんがね、早乙女先輩が居るからここで待ってなさいって送り迎え、してくれてたんだ」 葵自身の話や、周りからの情報では、”遥さん”が随分と葵を大切にしていたことは容易に想像がついた。大事な葵を安心して預ける先として図書室が選ばれたということは、委員として常駐している有澄のことを”遥さん”は信頼していたのだろう。 確かに有澄は本ばかりに興味があり、いくら葵が可愛くたって強引に手を出すような男ではないし、人を傷付けるような言動もしない。 「早乙女先輩がオススメしてくれる本は、ちょっと難しかったけどね」 「有澄、変なもんばっか好きだからな」 「俺らも有澄の本の趣味は昔っから分かんない」 服や小物のセンスは良いのだが、彼が好んで読むのは難解で後味の悪い物語が多い。ハッピーエンドが好きな葵とはあまり話が合わなかっただろう。 「でもね、どういう本が好きかお話したら次の週には同じ作者の本を入荷させてくれて……優しかったよ、早乙女先輩」 妬くのは否めないが、それでも従兄に好印象を持ってくれているのは悪い気はしない。葵の話を通して、共に学園生活を過ごすことが出来なかった有澄の日常も想像することが出来て不思議な気持ちにもなる。 「また会えて良かった。早乙女先輩とのお別れも、寂しかったから。図書室に行っても、もう居ないんだなぁって」 「そんなに有澄のこと好きだったんですか?」 「聖、顔こわい」 爽に指摘されるほど、胸がむかむかしてしまった。たった今さっき有澄の高校時代を思い描いて楽しい気分になっていたというのに、恋愛は難しい。 でも葵は首を横に振って苦い笑みを浮かべた。 「誰とも、もうお別れしたくない、から」 ランチの後、日差しを浴びて緩やかに揺れるボートの上に居れば段々と眠気が訪れてくるのは無理もないだろう。葵の口調は少し眠そうにのんびりとしたものになっていた。でも、紡がれる言葉には切なさが込められている。 “もう”、そう付け加えられているということは、葵が何か大きな別れを経験したことを予感させた。冬耶や遥の卒業だけを指しているとは思えない。 「葵先輩」 覆い被さるように抱き締めて名を呼べば、葵が素直に聖を見上げてくる。やはり少しだけ瞼が重たそうだった。そんな仕草さえ無性に愛おしい。 木陰に隠れているから、きっとあの兄弟の監視の目も行き届かないはず。聖はそう自分に言い聞かせて、ゆっくりと葵の唇を奪った。眠いだけかもしれないが、葵は抵抗しない。 だから聖は爽の鋭い視線を受けながら、更に口付けを深いものにした。唇の隙間から舌を滑り込ませれば、ランチの後に食べたシュークリームの甘ったるいカスタードの味がする。

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