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act.5三日月サプリ<25>

「……んッ、せぇ、くん」 舌を差し込む角度を変える度に、葵からは何かを訴えるように名を呼ばれる。そして甘く唇を食めば小さな体がぴくりと震えた。拍子にボートが水面をちゃぷちゃぷと揺らす音が響く。さっきまでただの水音だと感じていたものの、葵の吐息と混ざるとどこか淫靡に聞こえてしまう。 「卒業しても、一緒に居ていいですか?」 一通り腔内を荒らし終えて投げかけるのは、先程笑顔ではぐらかされた問い掛け。やはり葵の傍にずっと居たい。別れを寂しがるのなら、傍に置き続けて欲しい。 「良いって言ってくれなきゃ、ここでもっと激しいチューしますよ?」 「……う、やだ、恥ずかしい、から」 「じゃあ良いって言って、葵先輩」 キス自体が嫌ではない。その返事だけで強引に迫る勇気が出てしまう。唇ではなく、頬や鼻先にキスを落とし続けながらジッと瞳を見つめれば、葵は観念したようにこくりと頷いてくれた。 「約束ね、葵先輩」 「あ、次俺の順番なんだけど」 もう一度軽いキスを落とせば、相棒からは苦情が寄せられる。でも葵が表情を綻ばせてくれるから何とも思わないし、これで満足して爽の元に送り出すことが出来る。 貸しボートのレンタル時間はあと半分。そろそろ爽と交代の時間だった。 「葵先輩、次は爽のほうに行ってあげてください」 「……聖くん、手、離さないでね」 聖がボートを漕ぐ時間だと告げれば、葵は恐る恐る、ではあるが、聖の手を掴んでバランスを取りながら体の向きを変えて爽に背を預ける体勢を取った。 ようやく、とばかりに爽が嬉しそうに葵を抱き締めている。自分と同じ顔が葵にくっついている光景は不可思議な気分になるが、嫌な気はしない。他の人に感じるような尖った苛立ちも感じない。 「葵先輩、眠い?さっきから目擦ってる」 爽の指摘通り、葵は何度も両目をぐしぐしと袖口で拭っている。口調もいつもよりゆったりとしているし、ただ眠いように見えた。でも顔を上げた葵の瞳が赤く充血しているのがわかる。 「あーあ、擦りすぎ。無理しないで寝ちゃっていいですよ?」 「俺が抱っこしてるから心配しなくていいっすよ」 池の上で漂える残り時間はそう長くはないが、我慢せずに眠って構わない。二人がかりで説得しようとしたが、葵はそれを拒むように首を振った。 「ん、違うの、なんか痒くて」 「痒い?あぁ、前髪が入っちゃってるんすね」 葵を覗き込んだ爽は原因にいち早く気が付いたらしい。元から長めの前髪が瞳を傷付けてしまっているようだった。 「伸びてきちゃったんだけど、切れなくて」 「「どうして?」」 「……いつも遥さんに切ってもらってたから」 葵が前髪をいじりながら告げてきたのは卒業生の存在。”遥さん”、彼が葵にとってどれほど大切な人かは今日だけでも随分実感させられている。葵の髪を整えていたのも彼だと知って、どうしようもない敗北感に襲われる。

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