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act.5三日月サプリ<26>
「遥さんって海外留学しちゃったんすよね?」
「そう。でも来月一旦帰ってきてくれるんだって。だからその時まで待つんだ」
爽からの問い掛けに答える声音は寂しそうだが、少し先の未来を見据える葵は再会を想像しているのか蕩けそうな笑顔を浮かべていた。
「でも前髪長いままだと目悪くなっちゃいますよ。まだ一ヶ月あるんでしょ?」
爽が手放したオールを握りながら、聖は自分の声に少し棘があることに気付く。嫉妬深くて子供っぽい。分かってはいるのに、どうコントロールしたら良いのか分からなかった。
「俺が、切りましょうか?」
つい口を出た提案。当然、葵は驚いた顔をして聖を見つめてきた。でも突っ走りがちな聖を止める役目の爽は、珍しくそれに乗ってくる。
「あ、いいじゃん。聖、上手いっすよ。俺らお互いの髪よく切ってるんですよ」
「そうなの?すごいね」
髪を染めるのも、カットするのも爽の言う通り、互いで行っている。そのほうが自分達のイメージに沿うことが出来るし、ストレスもない。
でもいくら聖や爽が得意だと言っても、葵はきっと”遥さん”に切ってほしいんだろう。悩む素振りを見せているが、今の自分が敵うわけがない。
けれど、聖が拗ねる気持ちを押し殺してオールを漕ぎ出そうとし始めた時、葵は聖を喜ばせる返事をしてくれた。
「……じゃあ、前髪だけお願いしようかな」
「もちろん、可愛く揃えてあげますね」
「俺にも切らして、葵先輩」
「うん、いいよ」
葵がこうして賛成してくれるのは信頼の証か。それとも、こんな小さなことで感情を揺さぶられてしまう聖のために譲歩してくれたのかもしれない。やはり葵は自分達には至極甘い。
初めてランチに誘った時もそうだった。周りが反対しても、あっさりと一緒に食べよう、そう招き入れてくれたのだ。
「そうと決まれば、移動しますか」
「……あ、ちょ、待て聖。まだキスしてない」
ボートを動かし始めれば爽が慌てて葵を捕まえてキスを仕掛けだした。あの兄弟はどこかからこちらを監視しているだろう。だから木陰から出る前に唇を離さなければならないのだ。
「聖、覚えてろよ」
「はいはい」
結局ロクに堪能出来なかった爽は早急なキスに顔を真っ赤にして固まる葵を抱き締めながら、恨めしそうな目を向けてきた。でも本気で怒っているわけではない。
「これで恋愛成就だね」
爽に笑いかければ、彼からも笑顔が返ってくる。訳の分からない様子の葵も、二人につられて頬を緩める。本気でジンクスを信じているわけではない。でもこうして三人で笑う未来がいつか来ることは信じてみたい。
聖が本格的にボートを漕ぎ始めると、葵は爽にしがみつかなくても、きらきらと揺らぐ水面と、その中で泳ぐ鯉の姿を見つけてはしゃぐことが出来ていた。水上に居るという恐怖心が和らいだらしい。
“苦手なこと、一つ克服できたよ”
そうお礼を言ってくる葵の姿を見て、やはりずっとこの人の傍に居たいと、聖は改めて強い想いを胸に抱いた。
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