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act.5三日月サプリ<28>

「そんなことないよ。中等部まではクラスで喋れる人、京ちゃんと七ちゃん達だけだったし。嫌われちゃってた、かな?」 “今はそんなことないと思いたいけど”、そう付け加えて微笑む葵の声音はどこか切なさが込められていた。 寮のエントランスで同級生に襲われかけていた時も、葵は似たようなことを言っていた。ただ暴力を振るわれるのだと勘違いしていた葵は、”あんなに嫌われてるなんて思わなかった”、そう表現した。暴行の理由も自分への嫌悪からだと受け取っているのだろう。 「だから二人が仲良くしてくれるのがすごく嬉しい。ありがとう」 葵の表情には暗さはない。前向きに爽を見据える瞳は、ただ底無しに優しい。こうして爽に語りかけてくれるのは、きっと友達を作れない双子への励ましなのだということはわざわざ確かめなくたってわかる。 でも何と返事をするのが適しているのか悩んで上手く言葉が出てこない。そうこうするうちに聖が理容鋏を手に帰ってきてしまった。 ケープ代わりに大判のスカーフを巻かれ、聖に身を委ねる葵はさっきの切なさなど感じさせない笑顔を浮かべていた。けれど無性に恋しくなって、強引にソファの背もたれごと、葵を背中から抱き締めてしまう。 「どうしたの、爽くん?」 「葵先輩にくっつきたいだけ」 「そっか、じゃあいいよ」 葵はいつだってこうして甘えさせてくれる。真正面で鋏を構える聖は少しだけ面白くなさそうな顔をしていたが、葵の髪を弄る権利を譲ってやったのだからこのぐらいは我慢して欲しい。 「じゃあ切りますね」 聖の呼びかけに、葵は少しだけ緊張した面持ちで頷きを返した。聖が爽以外の髪を切るのは初めてだが、葵を安心させるようににっこりと微笑むと安定した手つきで髪に鋏を通していく。 前髪を整えるぐらいさして時間は掛からなかった。聖は仕上げに少しだけ爽の手にも鋏を渡してくれたが、ほんのわずかな長さを切っただけ。 「も、終わり?」 「うん、でも髪払うからもう少し目瞑っててくださいね」 葵は聖の言いつけを守っているが、柔らかな毛先のフェイスブラシで顔をなぞられるのはくすぐったそうにしている。 目を閉じると睫毛の長さと鼻筋の華奢さが目立つ。こうして静かに観察する機会は今までなかったが、改めて見ると可愛さだけでなく造形の精工さがよく分かる。 聖のほうをみれば彼もきっと爽と同じことを考えているのだろう。ブラシを持つ手はとっくに止まっていて、ただまじまじと葵の顔を見つめている。

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