544 / 1393
act.5三日月サプリ<29>
「……あの、もう大丈夫?」
「あ、すみません、もういいですよ」
痺れを切らした葵に問われ、聖が慌てて返事をし、準備していた鏡を差し出した。
「どうですか?」
「すごい、遥さんにやってもらったみたい!ありがとう!」
比べる対象が”遥さん”なのは妬けてしまうが、手放しに喜んでいる葵を前に野暮なことは言いたくない。いつも一言多い聖も、満足そうに笑っていた。
また前髪が伸びてきて困ったら双子が切るという約束もきちんと交わすことが出来た。葵と出会ったばかりで、更に年下。一歩どころか何歩も出遅れている双子にとって、こうして自分達の役割が出来ただけで前進したように思える。
「なんだか今日は二人の誕生日なのに、全然お祝い出来てないね。何か欲しいもの、ある?何でも……とは言えないけど、出来る限り用意するよ」
切りたての前髪をいじりながら、葵は二人を交互に見上げてくる。誕生日だと告げればきっと葵はこんな風に提案してくれるだろうと予測はついていた。だからねだるものも当然決まっている。
“キスしてください”
爽は背後から、聖は正面から葵の耳元で囁きかける。すぐに葵の白い頬に朱が差した。
いつも自分達から葵に迫っている。だから葵からもしてほしい、そう思うのはきっと自然な感情。誕生日だと告げて困る葵をこうして誘い込もうと初めから決めていたのだ。
「葵先輩からの”好き”がほしいです」
「誕生日ぐらい、いいでしょ?」
二人して追い打ちをかけるように葵を覗き見れば、少し戸惑う素振りをみせたもののやはり拒むことはせず頷きが返ってきた。
「……どう、したらいい?」
「じゃあ俺から」
先に手を広げたのは聖だった。確かにボートの上でのあの性急なキスを一とカウントするなら聖の番ではある。でも聖と比べたら随分と短かったはず。本当に兄らしくない兄だ。
「これがプレゼントになるの?」
「なります、だから早く。あんまり焦らさないでください」
待ちきれない様子の聖が葵の体を引き寄せれば、観念したように聖の首に腕が回された。聖が目を瞑ったのを合図に、葵がゆっくりと唇を寄せていく。恥ずかしそうにただ触れるだけのキスを落とす様は、子供っぽいはずなのにどうして扇情的に映るのか。
「ん、ありがとう葵先輩。でもチューは嫌い?これで終わり?」
「好きの挨拶だから嫌いじゃない、けど……恥ずかしいから」
きちんと唇を触れ合わせたことを褒めるように聖が髪を撫でながら問えば、可愛い答えが返ってくる。どうやら自分から能動的にキスを仕掛けることには随分不慣れらしい。
ともだちにシェアしよう!