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act.5三日月サプリ<43>
「葵ちゃんが食べられたら奈央のせいだから」
「何でそうなるの。櫻だって葵くんと出掛けたんだよね」
「僕はいいの」
櫻と出掛けた上に忍の家に向かったのだと伝え聞いていた。二人で葵との時間を楽しんだはずなのに、堂々と一年生に妬いてみせるのだから呆れてしまう。
カップをソーサーに置いてむくれたように自身の髪をいじる櫻は、そうしていても絵になるほど綺麗だ。
「じゃあ例えば目を離した隙にどっかの誰かに攫われて、葵ちゃんが恋人作っちゃったら?奈央は嫌じゃないの?早く食べておけばよかったって思わない?」
プリントをまとめる手は止めずに、奈央は櫻の戯言に付き合い続ける。葵に恋人が出来る。そんな未来は何度か想像してみたことがあった。
“あーちゃんはどんな人を愛するんだろう”
冬耶と二人になるとたまに彼はそうして幸せな空想に浸っては奈央に問い掛けてくるのだ。葵が愛するならきっと素敵な人だろうと、冬耶はいつも嬉しそうに続ける。
これから出会う女性とごく普通の恋愛をしてもいい。今傍で葵を支えようとする面々でももちろん構わない。葵が選ぶなら間違いがないのだと言う冬耶は葵のことも、そしてその相手に選ばれる存在も既に信頼しきっているようだった。
明らかに葵を愛しているはずの冬耶は、自分が選ばれることをちっとも想定していない。何故かと尋ねるほうが愚かな気がしていつも奈央は冬耶の穏やかな横顔に切なくなってしまっていた。
「葵くんに恋人が出来たら……応援するよ、もちろん」
こうして冬耶の思いをなぞるように自らも言葉にしてみる。するとそれがどれだけ胸を痛ませることか、思い知った。冬耶は苦しくないのだろうか。
「奈央って胃に穴開きそうな人生送ってるよね。冗談抜きでもう少し楽になったら?」
今までの軽口ではなく、友人として櫻が奈央に視線を投げかけてきた。彼は分かりにくすぎるけれど、友人思いでもある。
「忍から聞いた。貫井のお嬢様に付きまとわれてるんだって?」
「付きまとわれてるっていうか……」
加南子は婚約者、である。でもそれを自ら口にするのは嫌で、奈央は言い淀んでしまう。きっと奈央が説明せずとも、忍と櫻なら奈央の事情を察しているのだろう。それでも、せめて友人の前ではそれを事実として認めたくはなかった。
「あ、そうだ。僕が恋人役やってあげようか?」
「一応聞くけど、それは何の為に?」
「だから、僕が恋人なら負けを認めざるをえないでしょ」
櫻が悪戯っぽく笑って提案してきたことは到底奈央には理解しがたい。彼が容姿のことを指しているのはわかっていた。確かに友人の贔屓目なしでも加南子より櫻のほうがずっと端正な顔をしている。
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