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act.5三日月サプリ<47>
未里は少しだけ思案した後周囲に誰も人が居ないことを確認すると、自分の髪を止めているヘアピンを外して鍵穴へと差し込んだ。
学園内の教室の鍵の作りが案外複雑ではないことを未里は知っている。悪い遊びをする時にこうして勝手に鍵を操作することも慣れていた。
少しだけ捻ればカチャリと軽い音と共に扉が開いたのがわかる。
「気味わる。生物室ってなんでこんな気持ち悪いんだろ」
扉を開けて初めてここが生物室の隣にある準備室だと気が付いた。この部屋の主同様、昼間だと言うのにどこか陰鬱な雰囲気が漂っているのは否めない。さすがの未里もあまりこの場には長く居たくなかった。
でも床に散らばるプリントを拾い上げてそそくさと部屋を出ようとした時、ふと資料が積み重なったテーブルの上に分厚い革の手帳が置かれているのに気が付いて足を止める。
生物教師の一ノ瀬の授業は声も聞き取りづらいし、雑談もなく面白みもない。生徒の間でも評判が悪かった。同僚の教師と交流している所も見たことがない。
そんな彼が手帳に何を残しているのか興味が湧いてきた。
いけないことをしている自覚はあるが、もし本人が帰ってきても言い訳はいくらでも思いつく。”少しだけ”、そう言い聞かせて未里は一度扉を閉めると、手帳へと手を伸ばした。
革の手帳を手に取ると、見た目通りずっしりと重みがある。使い込まれた柔らかな革のベルトを緩めて開けば、その重さの理由を理解した。
ただのスケジュール帳ではない。中には写真を保管するためのアルバムが挟まれていた。これが厚みの原因になっているようだった。
彼が何の写真を大事にしているのか、ますます未里の興味は高まる。
「……これ、藤沢じゃん」
アルバムにぎっしりと詰まっていたのは、さっき未里が心の中で悪態をついていた相手、葵の写真だった。
学園の行事で撮影された記念写真らしきものから葵だけをトリミングしたものも中には含まれていたが、殆どが望遠のカメラで遠くから写したように思える写真。葵の視線がちっともこちらを向いていないのだから盗撮で間違いないだろう。
制服から察するに中等部からの葵の写真がほとんどだったが、数枚、初等部時代の姿も保管されていた。どこかから収集したのだろう。
スケジュール部分をめくれば、そこにもどこで葵を見かけたか、誰と何をしていたかが事細かに記されていた。
「うわぁストーカーじゃん。見た目どおりヤバイ奴だったんだ、一ノ瀬って」
思い返せば歓迎会中、バスケ部の部員が葵を突き飛ばした時、一ノ瀬は濡れた葵のシャツを脱がそうとしていた。その指先が異様なほど震えていたのは記憶に残っている。
その日の欄を見れば、葵の着替えを最後まで手伝えず、風邪を引かせてしまったことへの謝罪が記されていた。葵に宛てた手紙のような文面は、彼が妄想に取り憑かれている証のようで寒気がしてくる。
でもそれと同時に未里の中で良い案が浮かんできた。
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