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act.5三日月サプリ<52>

「あーちゃん、誕生日会、しようか」 葵と、そして京介の様子を見かねた冬耶が空気を変えるように明るい声を出してきた。冬耶が居なければ、そう思ったが、彼がこうして場の雰囲気を変えてくれなくては、葵をまた泣かせていただろう。 「誕生日会?」 「そう、一日遅れだけど双子ちゃんの誕生日会、皆でしてあげたら?明日で連休終わるし、皆で最後に思い出作ったらどう?」 冬耶からの提案は葵を喜ばせるものだった。孤独だった葵にとって、皆で集まって何かをする、それ自体が胸を弾ませると冬耶はよく理解しているのだ。 葵は誕生日会の光景をしばらく頭の中で思案した後、ぴたりと足を止めて冬耶と、そして京介を交互に見上げてくる。 「あのね……そしたら、その」 何かを決意したような葵の表情はどこか不安げだ。けれど、ただ黙って先を促してやる。葵がこうして自らの意志で口を開く時はとても大事な想いが秘められているからだ。 「お家でやってもいい、かな?」 葵はぶかぶかのキャップを押さえながら真っ直ぐに視線を投げてくる。それを受け止める京介や冬耶にとって大した願いではない。でも葵が”自分の家”だと言って皆を招くのには重要な意味合いがあった。 葵自身もそのつもりなのだろう。後に続く言葉は確かに葵が勇気を出して一歩進んだ証。 「二人のこと、ちゃんと家族って言いたいなって。……ダメ、かな」 隣の家の幼馴染ではなく、同じ家に住む家族として紹介される。それは確かに喜ばしい。けれど、葵を想う者としては複雑な感情を呼び起こさせる。 「もちろん、いいに決まってるだろ。ありがとうあーちゃん」 冬耶は京介の気持ちとは裏腹に感慨深そうに葵を抱き締めた。彼がずっと葵の”兄”としての立場を確立させたいと願っていたのは京介も理解している。隣家のお兄さんではなく、葵のたった一人の兄として生きることを随分前から覚悟しているのだ。 「皆と仲良くなれたんだな」 冬耶や遥が卒業してから必然的に葵の世界が少し広がりを見せた。冬耶の言う通り、歓迎会やこの連休を通してそれぞれとの絆を深められたのだろう。だからきっと葵も二人を家族だと紹介することを選択したはずだ。 早速帰り道を進む足を再開させながら、葵と冬耶は誕生日会に向けての計画を立て始めた。京介はそこには加わらず、横に並んでただ聞き役に徹することにした。 双子の誕生日会。それだけならロクな人数は集まらないだろうが、葵の誘いならきっと皆は他の予定をずらしてでもやってくる気がする。 「京ちゃん、上野先輩も来てくれるかな?」 不意に袖を引かれて見下ろせば、葵は幸樹の名を口にした。京介とは違い、葵は歓迎会のあの事件から幸樹とは顔を合わせていないはずだ。それでも幸樹を呼びたいのだと主張してくる。 「奈央さんが上野先輩のことぶっちゃったんだって。だから気まずいって言ってて。仲直り、出来ないかな?」 幸樹が生徒会の活動に参加しないことをきっと奈央がそう説明したのだろう。確かにあの夜奈央は幸樹の頬を叩いていた。でもそれが原因ではない。葵のための優しい嘘だ。

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