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act.5三日月サプリ<53>

「あいつこういうの苦手だから来るか分かんねぇけど、連絡してみるわ」 京介がそうして携帯を掲げれば、葵はホッとしたように表情を緩めた。でも京介は彼が来ないことを確信している。 葵があの夜のことを思い出しても大丈夫だと確かめることが出来なければ、葵の前に姿を現したくない。幸樹からはそう言い切られていた。 葵への嘘はこうして積み重なっていく。それが本当に葵の為になるのかも、京介は時々考えてしまう。 「じゃあ俺は他の三年チームに連絡しとこうかな。七瀬ちゃん達には?京介から声掛けられる?」 「……あぁ、分かった」 綾瀬ならともかく、騒がしい七瀬を呼ぶのは気が進まないが、葵が心から信頼している友人だ。冬耶からの指令に対して京介は反論せずに頷いてみせた。 「問題はみや君だな。今日うち来るのかな?」 「さぁな。でも来なけりゃ明日七瀬に寮まで迎えに行かせるわ」 京介が学園から徒歩圏内の場所に住んでいる七瀬達のことを示せば、冬耶も、そして葵も納得したようだ。 昨夜都古は西名家にはやって来なかった。補習続きで疲れ果てて寮で眠ってしまったのだろう。それに、都古なりに葵が西名家で心置きなく過ごせるよう、我慢しているようにも思える。我儘で自分本意なように見えて、葵の心の機微には敏感だ。 いつのまにか葵は車道の縁石にのぼり、冬耶の手を借りてバランスを取りながら進み始めている。京介や冬耶との身長差を気にしてか、こうして段があればのぼりたがるのは葵の癖かもしれない。 ようやく駅前にたどり着けば、縁石も途切れた。そのまま冬耶の手を掴んだまま飛び降りるかと思いきや、葵は京介へと手を伸ばしてきた。 「京ちゃん、手貸して」 葵の考えていることは読める。仕方なくその華奢な手を握り返してやれば、葵は二人の手を借りてぴょんと地面へ飛んでみせた。三人で出掛ける時はこうしていつでも真ん中で居たがるのだ。 そういう性質が可愛くて、時折憎らしい。 いつになれば葵は京介だけを選んでくれるのか。それともそんな日は永遠に来ないのか。 夕陽を浴びた葵の笑顔を見ながら、京介は自分自身に問いかける。 葵にとっては皆と平和に過ごせる日常のほうが望ましいのかもしれない。そんなことも何度も考えた。けれどやはりどうしても他にはこの存在を渡したくなど無い。 「葵、帰ったら覚悟しとけよ」 まずは双子に何をされたのか聞き出さなくてはならない。切符を買いに行った冬耶を待ちながら京介は葵に小さく耳打ちをした。葵は分からないと言いたげに首を傾げてくるが、そう簡単に許してやるつもりはなかった。

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