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act.5三日月サプリ<56>

「まだ内緒にしてようって言ってたんだ。だから俺が上手く隠しておくって約束したんだけどさ。出来なかったから怒ってるんだな、きっと」 「じゃあ、貰わないほうがいい?」 「ううん、見つかっちゃったからもういいよ。欲しかったんだろ?」 京介の怒りの矛先はあくまで冬耶だと言い切ってやれば葵は幾分か落ち着いた様子を見せたが、ぬいぐるみをこのまま貰って良いのか思い悩んでいるようだった。 冬耶も馨からの贈り物を葵には渡したくないが、葵に疑惑を持たせるのだけは避けたい。馨の存在を葵には絶対に匂わせたくはなかった。 「京ちゃんに聞いてからにする」 「……そっか、分かった」 京介を怒らせたままでは受け取れない。葵がそう言い出すのはある程度読めていた。判断を委ねられた京介は一体どうするのか。冬耶は少しだけ不安に駆られる。 不器用な彼はきっとまた葵を泣かせてしまうだろう。それでも二人がそうして試行錯誤しながら絆を深めてきたことも知っている。でも馨の事となるときっと京介はいつも以上に感情をコントロール出来ないに違いない。 やはり一度自分が間に入ってやろう。冬耶がそう思って息をついた時、開きっぱなしだった扉がノックされる音が響いた。 「おい、こんなとこで何してるんだ?」 物置で抱き合う冬耶たちに声を掛けて来たのは、仕事を終えて帰宅した陽平だった。 「お父さんおかえり!」 「ただいま、葵。今日もいい子にしてたか?」 大好きな父親の帰宅を喜んで飛びつきに行く葵を受け止めながら、陽平がちらりとダンボールに目をやったのが見えた。そして冬耶に視線を移して苦笑いを送ってくる。何があったのか察しはついたようだ。 「あーちゃん、京介呼びに行ってくるから。父さんと先にご飯食べてな」 「あ、待って、一緒に……」 「よし、じゃあ行こうか。今日のご飯は何かな?」 冬耶と共に京介の元に行きたい。葵はそう言いかけたが、先に陽平が葵を抱き上げてダイニングへと向かってしまった。葵は少しだけ不満そうではあったけれど、大人しく陽平の首に腕を回して運ばれていく。 二人の姿を見送って、冬耶も物置を出て宣言通り二階へと上がった。京介の部屋の扉を叩いても中からは応答の声は返ってこない。許可を得ないまま入室するのは気が引けるが、この状況では仕方ない。 部屋に入れば電気も点けず、主はベッドに寝そべっている。明らかに不貞腐れたような行動は兄からすれば随分幼く見えて思わず笑ってしまう。

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