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act.5三日月サプリ<57>

「きょーすけくん、ご飯の時間ですよ」 「……兄貴かよ」 「あーちゃんが良かった?」 茶化せば彼からは無言でクッションが投げつけられた。それを躱しながら部屋の明かりを灯す。 冬耶とは違いあまり物を持ちたがらない京介の部屋は殺風景だと思えるほどシンプルだ。でも所々葵が置いていったと思しき絵本が転がっているのが部屋の雰囲気を和らげている。 「早く捨てときゃ良かったんだ。見つかる前に、早く」 ごろりと仰向けになりながら京介が自分に言い聞かせるように呟くのが聞こえる。彼も葵に当たるのは間違っていると自覚はしているようだった。 「でもきっと捨てたらまた二個目が送りつけられるよ。あの人はそういう人だ」 この家が馨に監視されているのは間違いない。葵にあのぬいぐるみを渡さなければ何度でも同じことをするという宣言も、ただの脅しではなく本当にそのつもりだということは予測がついていた。だから安易にあのぬいぐるみを処分出来なかったのだ。 「葵取られないで済む方法ねぇの?兄貴は頭良いんだから、何か思い付くだろ」 普段は素直に頼ってこない弟も、さすがにこの状況は耐え難いらしい。口調こそ乱暴だが冬耶に助けを求めてくるとは相当弱っているようだ。 「あーちゃんを取られないようにって、誰から?”パパ”から?それとも……」 「全部」 馨からだけではない。葵を取り巻く全ての者から奪われたくないのだと京介は言い切った。 「あーちゃんと結婚出来ると思ってたもんな、京介」 「……るせぇな、いつの話だよ。忘れろ、いい加減」 幼い頃の記憶を蘇らせれば、彼からは今度は枕が投げつけられた。京介からすれば恥ずかしい過去なのだろうが、冬耶にとっては可愛い弟たちの大切な思い出だ。 葵を傷付ける存在ばかりが居る家に帰したくない。そんな気持ちで京介は葵の手を引いて結婚すると宣言してきたのだ。結婚すれば一緒に家に住める。そんな浅い知識で葵を説得して西名家へと招いた京介は真剣だった。 「あーちゃんが”西名”になってくれたら、本当に結婚したみたいになるよな」 「その話はいいから、黙れクソ兄貴」 ベッドサイドにしゃがみこみながら持ち掛ければ、今度は拳が飛んできた。もちろん本気ではないが肩口に叩きつけられたそれはなかなかに痛い。

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