574 / 1602

act.5三日月サプリ<58>

「でもさ、本当に”西名”にさせたくない?」 戸籍上も家族になりたい。結婚という形では実現出来ないが、両親が葵を正式に養子として迎え入れることが出来れば同じ苗字を名乗る事は可能になる。 「……出来んの?」 「法律上はな。あーちゃんの年齢的にも、実親の許可がなくても申請自体は出来るはず。まぁそんなこと強行したら藤沢に潰されるのは目に見えてるけど」 京介が期待をはらんだ目を向けてくるからあくまで冷静に現実を言い聞かせてやる。不可能ではないが、藤沢家が葵に固執している以上遂行するのは難しい。 「結局無理ってことかよ」 「でもあーちゃんが成人したら大丈夫、かな」 「それまで待てって?」 今すぐにでも葵を繋ぎ止めておける確信が欲しい京介にはあと三年以上もただジッと待つことは耐えられないだろう。それにその間に馨が葵を奪い返しに来るはずだ。 「兄貴はなんで平気なわけ。俺はそれがわかんねぇ」 ベッドに寝そべったままではあるが、京介がようやく体の向きを変えてこちらを見てきた。一定の感情を保っている冬耶が京介からすると不可解らしい。でも冬耶だって怯えてもいるし、怒りも感じる。ただ表に出していないだけだ。 「お兄ちゃんだからな。すぐ怒る短気な弟と、甘えん坊で泣き虫の弟が居るからさ、お兄ちゃんって結構大変なのよ」 「……悪かったな、短気で」 「ハハ、でもお前は優しいから。あーちゃんのこと泣かせることはあっても、その分大事にしてやれるって信じてるよ」 嫌がられるだろうから一度だけ、頭をぽんと叩いてやる。ブリーチを重ねて痛んだ髪は少しだけパサついているけれど、こうした明るい髪色にし始めたのも自分の後を追ってだと思うと可愛げがある。 「ほら、行くぞ」 直接的な説得をしなくてもそうして促せば彼は渋々ベッドから起き上がってついてくる。いつのまにか冬耶よりも少し背が高くなってしまったし、もしかしたらまだもう少し成長するかもしれない。でもいつまで経っても可愛い弟だ。 ダイニングに入れば食事には手をつけず、二人の帰りを待っている葵が居た。 「京ちゃん、食べよ?」 「……おう」 葵が誘えば京介は低く返事をして隣に腰掛ける。二人の距離感はぎこちないけれど、もう大丈夫だと思わせる空気がそこにはある。 「お兄ちゃん、ありがと」 葵を挟むように冬耶も椅子を引くと、葵がにこりと微笑み掛けてきた。この笑顔さえあれば自分の感情などいくらでも押さえ込める。言葉で答える代わりに葵の頬を撫でてやった。 くすぐったそうに凭れてくる存在はまだ誰の物でもない。葵が誰か一人、大切な人を見つける、その瞬間はいつか訪れて欲しいとは思うけれど、願わくばもう少しだけこの均衡が保たれて欲しい。そう心の中で祈るぐらいは許して欲しい。冬耶は名残を惜しむようにもう一度葵の肌に触れ、そしてようやく食卓に向き直った。

ともだちにシェアしよう!