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act.5三日月サプリ<62>

「行かない」 「なぜ?葵が待っているのに?」 「会いたくないの?葵ちゃんに」 彼等も行くつもりらしい。そして目的は双子、ではなく当たり前のように葵だと言ってのける。その気持ちは理解できるが、葵が皆に囲まれて楽しそうにしている光景を自分は黙って見守れそうにない。きっと嫉妬して葵を抱き締めて離さないだろう。 葵が自分以外を可愛がるのが許せそうにない。明日は主役の聖と爽を思い切り甘やかしてやるのは予想がついていた。だからその場には行きたくない。妬ましくて気が狂いそうになる。 「寮で、待ってるから」 まだ食事はすべて食べきっていないけれど、これ以上この話題に触れていたくなかった。都古はそう言い残すとトレーを持って席を後にした。彼等ももう都古を無理には引き止めてこない。引き際はわかっているようだ。 葵の部屋に戻れば、やはりそこには求めているご主人様の姿はない。葵が居るだけで暖かく感じるはずの室内は、今は冷え切っているように感じてしまう。 急いで布団にくるまれば、いつもの甘い声が聞こえてくる気がする。 “歯磨きしないと” “お風呂はいろう” そのままで寝ようとすればいつもこうして怒られる。 「アオが、して」 そう言って甘えれば、仕方ないと言いながらも葵はいつだって都古の世話を焼いてくれるのだ。でも今はそれがない。自分でする気力はちっとも起きなかった。柔らかなタオルケットに顔を擦り付けて目を瞑れば、もう一度都古を叱る声が耳を撫でる。 “ダメだよ、みゃーちゃん” 「……アオの、ばか」 眠りを妨げてくることに悪態をつくが、都古は素直に体を起き上がらせた。 気だるい体に鞭打って葵の言いつけどおり歯磨きとシャワーを手早く済ませる。湯を張るまではさすがに面倒で避けてしまったが、さすがに許してくれるだろう。 葵のクローゼットに置いてある替えの浴衣に袖を通してようやくもう一度布団に目を横たえらせることが出来た。髪はまだ少し濡れたままだがこれも許して欲しい。体を温めたせいで自然に眠気が訪れてきているのだ。 「アオ、褒めて」 広いベッドは一人では寂しすぎる。葵の温もりが恋しい。眠いけれど眠れない。どれだけタオルケットを抱きしめても葵の感触には程遠いのだ。 不安で仕方がない。都古はもう一度体を起こして、部屋の扉へと向かい施錠を確認する。チェーンも掛かっているし、鍵も閉めている。窓も同じく。玄関だけではなく、寝室自体の扉もきっちりと鍵を掛けた。 誰も入って来ることが出来ない。都古の眠りを妨げたりはしない。頭では理解していても、一人の夜は何度も嫌な記憶が蘇ってくる。 自分の体を守るように布団で丸くなるが、それでも一度震えだした体はそう簡単に眠りには堕ちてくれなかった。

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